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どろり/朔間零 ページ9



最初に感じのは、奇妙な温もりと安心感だった。
ここはどこだろうか。覚えのない安らぎの正体が知りたくて体を動かすと、Aの腕はごつんと音を立て何か硬いものにぶつかる。


「起きたかや?」

見知った老人口調を認識し、Aはようやく自分が眠っていたのだと理解した。寝惚けも冷めて同時にここが声の主の寝床なのではというところまで推測が到達し、理解に伴って覚醒する頭と体に鞭打つ気持ちで棺桶の蓋を押し退ける。
飛び込んでくる光は寝起きの眼に刺激の強いものであったが、徐々に慣れてくると穏やかな夕刻の陽光だと把握できた。

今に倒景へと姿を変えようとしている夕陽を受け、窓際に黄昏る黒髪の麗人――朔間零の黒髪が、赤く揺れる。
陽の光を嫌う吸血鬼を自称する彼が自然光を浴びているのは、珍しいことである。どこか漂うアンニュイな情調とそれに似つかぬ蠱惑的な視線。起き上がりそれを真正面に捉えたAは、びくりと身が強ばるのを感じた。

「す、すみません。棺桶お借りしてしまって」
「くくく……何をそんなに動揺しているんじゃ。教室で眠りこけておったところを我輩が運んだだけに過ぎんよ」

肩を揺らして笑みを零す零の、血の色をした紅玉の瞳が濃く煌めく。夕焼けはすべてを赤くする光だ。
心底楽しそうに零は笑って、ブラインドをそのままに小首を傾げた。普段閉められた軽音部室の暗幕が今は束ねられているのだが、いつもは遮断する光を受け入れた部室は真っ赤に染まって気味が悪い。

「いくら疲れていようと、どの男の前でも簡単に寝顔を見せるほど安い女ではなかろう?おぬしは」
「……どういう意味ですか」
「そう警戒せんでおくれ。我輩とて遊びで近付いたりせぬ」

何もかもを見透かすような鋭い眼光に射抜かれ、指一本すら動かせないような錯覚に襲われた。
目が、笑っていない。
耽美な口元に時の止まるような笑みを浮かべるそのさまは浮世離れして美しく、吸い込まれそうな浮遊感を覚える。しかしその笑みの奥に広がるものは底知れず赤黒く、てらてらと光ってAを誘い込むのだ。
含み笑いを零し、彼はゆらりと立ち上がって棺桶に手をかける。

「ちょっ、と!?私、退きますから」
「いつまで知らぬ振りを続けるつもりじゃ」
「何言って……!」

零は棺桶から出ることもできず座り込むAの前に膝をつき、ぐいっと耳元に顔を寄せてほくそ笑んだ。

「もう、とっくに気付いていよう?」

ぶるり、背の冷えるような予感がした。

▽→←汗ばむ夏の色/漣ジュン



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作者名:enst青春合作 x他9人 | 作者ホームページ:   
作成日時:2018年5月20日 21時

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