かみさまはわらう ページ1
名前を、呼ばれた。
ゆったりと溶け込むような、人の心にするりと入り込む暖かい声で。
「……奏汰くん。おはよう」
「『おいそぎ』ですか〜？」
ぷかぷか。常人にはよくわからない仕草で歩いてくる彼は、雨のように来た道を濡らす。
「そんなことないよ、それより……また水浴びしたの？もう真夏じゃないんだから、風邪ひくよ」
「へいきですよ、みずはぼくの『いのち』ですから……♪ むしろ、『げんき』になりますね」
「また海の生き物みたいなこと言ってるし」
奏汰くんはかなり不思議ちゃんだ。
奇人なんて呼ばれる彼らの中でも集まれば比較的常識人な零さんや宗くんとの相違、彼はたびたび理解できない行動に出る。
理解できないというのなら渉も似たようなものだが、根底に愛だの驚きだのと言った要素が垣間見得る渉に比べて奏汰くんは謎めいていた。
「くす、くす。ぼくは『うみのいきもの』ですよ……♪」
「何言ってるの。人間でしょ、奏汰くんは」
彼の家のことはいまいち知らないが、奏汰くんがなにか特別な存在みたいになっている……くらいには聞いていた。土地の繁栄の犠牲になったとか、力を貸したとか、よくわからない話だ。『いきがみさま』なんて言われても、意味がわからないし。
ぺたり。
水分を含む嫌な感触がして、心地良いとは言えない重みを頭上に感じた。
髪が濡れるのも乱れるのも気にせず、奏汰くんは濡れたままの手を私の頭に乗せて撫で回す。
「……奏汰くん？」
「ふふ。うれしいことをいってくれたので、ぼくはいま『きぶん』がいいです♪ 『おみず』のおすそわけ、してあげますね」
「ああもう、冷たっ……奏汰くん！」
彼は雰囲気のわりに身長も力もある。最初は少し不愉快だった手つきも、次第に壊れ物に触れるみたいに優しくなっていった。比例して表情も人間味を帯びて柔らかくなっていく。
「――来年の夏は海、行こうね。4人も誘ってさ。今年の夏は忙しかったし、私があんまり一緒にいなかったから。来年はみんなで遊ぼうね」
「うみ、ですか〜？すてきですけど、ぼくは『およげない』ですね……？」
「浮き輪の紐は交代で握っててあげる。万が一溺れても、渉あたりが泳いで助けそう」
「むむぅ、わたるに『まるなげ』ですね……♪」
次の夏を、みんなで迎えられたら。
それは夏の終わりの、無力な『人間』の願いだった。
・
本編ではチョイ役の奏汰くん。
深海家って新興宗教だと思ってたんですが、最近は土着富豪にも思えてきました。
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作者名：更科 | 作者ホームページ：
作成日時：2017年12月8日 13時
