涙雨とセニシエンタ 第二幕【あんスタ】

鬼気森然の夜/第二話 ページ35

『UNDEAD』のライブが始まった。
生バンドではないにしろ、ライブ音響で聞く彼らの音楽は重厚で派手。重くのしかかる重低音に脳漿を揺らすようなストリングスは、観客を痺れさせるには十分すぎた。

心拍が高まり、呼吸が浅く湿る。視覚から魂を掴みにくる紫のライトと鼓膜を突き抜けん勢いの環境音に、心臓が酸素を求めて大袈裟に律動するのがわかった。事実、彼らのパフォーマンスは有毒なほど魅力的で、私は呼吸や瞬きではない意識的な行動は何一つできずにいる。



まず目を引くのは薄暗い照明に映えた艶のある金髪。羽風くんは殆ど練習に参加していないとは思えない完成度だ。甘やかな表情で観客の女性を引き摺りこみつつ、全体のバランスをとるためか零さんに時折視線を投げる器用さもある。練習に出ずともこれなのだから、磨けばどうなることやら。

穏やかさと真面目さが印象的だったはずの乙狩くんは、ステージでは力強くも優しいパフォーマンスを見せたので驚いた。攻撃的な面と彼特有の繊細な表情とを、見事に両立させている。そのギャップからくる吸引力が、観客を引き付けないはずがない。

そうして全体を眺めていると、猛々しい咆哮にも似た歌声が強制的に意識を絡めとってくる。大神くんの歌声は荒いながらも、ただ殴り込みに行くような一方的な音楽ではない。テクニカルな部分もあり、客席との交歓も決して忘れない。そこは彼の唯一無二の持ち味に思える。


……そして。
どんなに俯瞰しようと、最後に視線の行き着く先は、燃えるようにぎらつく赤色の目。
派手な紫色の光がたまに当たって、白皙の肌はより白く見える。スタンドマイクを引っ掴んで観客ひとりひとりと目を合わせていく様は、今宵の獲物を品定めする獰猛な怪物のようだ。
ステージ上の朔間零は、紛うことなき『魔王』の名を冠していた。

ひとこと話せば老人めいた風変わりな口調で、光の道標となる誰よりも深い優しさを秘めた人物だとは、ここで吸い込まれるように彼に魅せられている観客のただひとりさえ思わないだろう。

何より、技術も表現も桁違いで、否応なくこの場の全員が彼の眷属にされてしまう。常軌を逸している、という他に言葉が見つからない。学院のトップの実力者として束ねられたその意味を、今になって叩きつけられている。
朔間零という人物に、“納得”してしまうのだ。



「貴様ら！何の騒ぎだ、無許可での演奏は校則違反だぞ！」


しかし独擅場は永遠には続かない。
無作法にも舞台へ乗り込んできたのは間違いなく正義の執行者で、やけに眩しい暁光に、舞台袖の私すら裁かれてしまいそうだった。

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