コントラクト/3 ページ10
口の中で私の名前を転がしていた朔間さんは、何故か数秒の沈黙に伏す。怖いぐらいの無表情が私に向けられて、私はまた目を逸らした。
「……A」
名前を呼ばれて、どきりと心臓が鳴った。けれどそれは、ときめきだとか、そういうものではなくて。中学に入って以来、家族以外に名前を呼ばれたことなんてなかったから、久しぶりのことに体が固まっただけだ。
「ん、こっちのが呼びやすいな〜?良い名前じゃね〜か、A♪」
しかも褒められた。これは初めてだ。その声に、心が温まる感覚を覚える。……いやでも、お世辞だろうな。
疑心暗鬼になってしまうのは、昔からのくせだ。だって私なんか、褒められる価値もないし、可愛くもないし。
あとで悲しむぐらいなら、初めから期待しない方がいい。あまり利口じゃない私でも、早々に悟ることの出来たことだ。
「……だから、俺様の前でそんな顔するんじゃね〜よ!」
と、頰に痛みが走った。間近で煌めく赫と目があって、頰を抓られていることを理解する。
「さっきから、「私が世界で一番不幸です」みたいな顔しやがってよ〜?お前は死ぬの?」
「……っ、っ!」
手足をバタバタさせる私に、朔間さんは渋々というように両手を離した。そして、その手を腰に当てる。
「何?やっぱり嫌だって?」
「ちがっ、」
「何が違うんだよ」
真っ直ぐに、彼は私を見ている。私の言葉の続きを待ってくれている。そう思ったら少し安心はしたけれど、相変わらず心臓はバクバクと高鳴っていた。
頑張れ、言わなきゃ。
「あっ……わたし、なんか、いっしょにいても、ぉ、おもしろ、ない。ですし………」
だめだ、どうしてもどもりがちになってしまう。上手く伝わっただろうかと朔間さんを見れば、長い手が伸びてきた。
その手が、私の頭を掴む。
「あ〜もう、めんっどくせ〜な!!」
突如怒鳴られて、私は気を失いそうになった。だから、意識があるのを褒めてほしい。
「この俺様が、言い出したことをあとから撤回するほど薄情に見えるのかよ?安心しろよ、おまえが「世界で一番幸せ」みたいな顔が出来るよ〜になるまで面倒みてやるから」
これは契約だ、と彼は笑う。……いよいよ逃げられないと思って、私は差し出された手に恐る恐る片手を伸ばした。その途端、ぐい、と手が引かれる。
「あはっ、面白れ〜顔出来んじゃね〜か!」
「……な、なんですか、それっ」
桜が青葉に変わりきった、五月晴れのこの日。私は美しい悪魔と契約をした。
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まめだいふくもち(プロフ) - こたつさん» こたつさん、ご指摘誠にありがとうございます。漫画などでよく見る表現だったのですが、なにか事件が関連していたのですね…。勉強になりました。つきましては、その表現を修正させていただきます。コメントありがとうございました! (2017年10月29日 15時) (レス) id: 8f73a5bd97 (このIDを非表示/違反報告)
こたつ - ドラム缶に東京湾というワードは某事件を連想させるので修正した方が良いのではないでしょうか? (2017年10月29日 9時) (レス) id: ae4fce482d (このIDを非表示/違反報告)
まめだいふくもち(プロフ) - 抹茶粉さん» 抹茶粉さん、コメントありがとうございます!とてもとても嬉しいです…!私もれいさんにプロデュースされたい!という思いから書き始めたので、光栄です笑 (2017年8月2日 22時) (レス) id: 8f73a5bd97 (このIDを非表示/違反報告)
抹茶粉 - 零さんにプロデュースされるなんて夢見たいです…!もう始まりから胸のきゅんきゅんが鳴り止みません!笑 続き楽しみにまってます!更新頑張ってください! (2017年7月26日 16時) (レス) id: 634a139de2 (このIDを非表示/違反報告)
まめだいふくもち(プロフ) - ベリーさん» ベリーさん〜!ご指摘ありがとうございます。修正してまいりましたのでご確認ください。そして、またこのような事態があればお知らせください。 (2017年1月14日 13時) (レス) id: 8f73a5bd97 (このIDを非表示/違反報告)
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