【あんスタ】プルメリア・ナハトムジーク〈2〉

あなたがそばに居てくれるから/2 ページ44

突然、悲鳴が響き渡った。声の主は、結依ちゃん。みると、彼女のスカートがぐっしょり濡れていた。どうやら、水筒に入れていたスープが零れてしまったらしい。

「大丈夫！？火傷とかしてない！？」
「それは大丈夫だけど……もう、最悪〜！」

嘆きながら、洗ってくると結依ちゃんは向こうへ走っていった。場が、三人だけになる。

「……あのさ、Aちゃん」

と、そこで。一花ちゃんが、こちらを見ながら重そうに口を開いた。



＊



「……こんなところで傘もささずに、何やってんの？」


そこがいつかの木陰だったと気づいたのは、声をかけられてからだった。いつのまにか降ってきていた雨に気づかず、ずぶ濡れになりながら立ち尽くしていた私に＿＿ふと、真っ黒な、翼を広げたコウモリみたいな傘が差し出される。

「……零さん……」

振り返って、久々に見る彼の姿に鼻の奥がつんとした。泣きそうになっていること、きっと雨のせいで彼には分からない。

こちらを見る彼は、いつものような苛烈な表情はなりを潜めていて、無表情だった。艶のある赤い瞳が静かにこちらを見ている。つるりとした陶器のような白い肌を、水滴が滑っておちていくのに見とれた。しとやかに、雨は降る。

「……私、頑張ってますよね」

口から出たのは。久しぶり、でも、こんにちは、でもなく、醜い顕示欲だった。

「頑張ったんです。慣れない、ことも。したことないことも。約束、したから」
「……なんかあったの？」

彼の芯の通った美しい声音に、少しの気遣いの色が滲む。

「……お友達、できたんです」

零さんにも、夏目くんのときみたいに嬉々と伝えられたら良かったんだけど。どうにも、心のうちで渦巻く靄が声を暗くする。

「最初に仲良くなった子が、いるんですけど。そのお友達とも、一緒に過ごすようになって……。その子たちとも仲良くなれたって、思ったんですけど、」

零さんは、口を挟むことなく無言で聞いていた。私に傘をぜんぶ差し出しているから、彼はずぶ濡れでシャツが肌にはりついてしまっている。

「でも、言われたんです。『距離を感じる』って」

そこでいよいよ、零さんの顔を見ていられなくなって、視線を落とす。ぬかるんだ地面に、耐えきれなくなった涙が一粒、落ちた。

「い、いい子たちなんです。いじめられてるわけでも、悪口を言われたわけでもないんです。私が悪いんです。話すとき、すぐ謝っちゃうし、それが遠慮されてるみたいって、言われて」

噦り上げそうになるのを、我慢する。自分でも、上手く言葉が紡げていないことが分かった。

「……私が、つらいのは」

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