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「ミツリ、お前将来は何になるつもりなの？ ずっと絵ばかり描いていちゃ、なりたいものにもなれないわ」
母親にそう言われたのは、ミツリが小学校3年生の時のことだった。数日後に授業参観を控えた雨で空気が重怠い土曜日に、ミツリの部屋の入り口で。
なりたいものになれない。どうしてだろう。だって、おれは。
「絵をかくお仕事がしたいんだ。だから、ちゃんと役に立つよ」
そう言った瞬間の、母親の失望したような目をよく憶えている。水槽に浮かんだメダカのような黒々とした目を。
そんなものになってどうするの。ほんのひと握りの人しか成功出来ないのよ。絶対に成功する自信はあるの。世の中の役に立つつもりはあるの。
まくし立てられる。母親の指先が、綺麗に整えられた爪がドアを叩き続ける。黒い目がじっと自分を見据えている。
──ああ。きっと、これは、間違ってるんだ。
だから、謝った。絶対成功するなんて、そんな無責任なことは言えなかったから。母は自分に立派な大人になって欲しいのだろうと分かっていたから。怒られるでも悲しまれるでもなく、失望されることが、恐ろしかったから。
でも、諦めきれなかった。自分にはそれしか取り柄がなかった。どれだけ勉強で良い点数を取っても、どれだけ運動を頑張っても、母親は姉や兄と比べて残念そうに肩を落とすばかり。ミツリが唯一自分の自信に据えられたのは、父親が褒めてくれる絵のみだったのだ。
少ない小遣いを貯めて、家から離れたところにある画材店でスケッチブックや色鉛筆を買い集めた。クローゼットだとばれてしまうかしら。ベッドの下ならどうかしら。試行錯誤しながら、大切な画材たちを母親の目から逃し続けた。いつか。いつかきっと、絵を描いて生活していくのだと、心に決めて。
ミツリが中学校3年生になった頃、父親の容態が急変する。自分以外の家族は父親の病室に詰め、自分だけが学校に通い続けた。けれど、授業に集中出来る筈もなく。
「――そうだ。お父さんがずっと見たがっていたものを描こう」
ミツリの脳裏には鮮やかに景色が浮かんでいた。幼い頃に父親と共に見た、父親の故郷だという町の海岸線。父親が病で床に伏す前だから、ざっと遡っても10年は前のことだ。それでも、ミツリは思い起こせた。朝日が溶け込んだ水平線の金色も、光を受けて輝く砂浜も、岩にぶつかり砕けた白波も、朝日を差す父の細く骨張った指先も。景色の細部に至るまで、ミツリは確かに憶えていた。
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元素(プロフ) - CS提出ありがとうございます……重い……重いよう……つらいよ……なんで……？ 不備等ありませんのでこのまま受理させていただきます！幸せになってくれよ…… 今後も当企画をよろしくお願いいたします！ (2022年6月16日 21時) (
レス) @page14 id: 656d2fa00c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：アカツキ | 作成日時：2022年6月15日 22時
