xx＿18 ページ25
「はい、A」
「ありがとう…………」
手渡されたホットミルクをひとくち飲むと、じんわりと温かさが身体に広がった。
不安がなくなるわけじゃないけど、落ち着きは戻ってきた。
時計の秒針が進む音だけが静寂を阻止している。
そんな中、まゆがぽつりと呟いた。
「これから、どうするの？」
「これから……っていうと？」
「だからさ…………Aは本当に死ぬつもり？」
わたしの反応を伺うまゆの目は不安げに揺れていた。
それを見て、気づいたんだ。
あぁ、まゆも結局わたしを止めるつもりなんだなって。
理解と実感っていうのは、同じタイミングで訪れるものじゃない。
だから、まゆはわたしが死ぬことを理解していても、実感は出来ていなかった。
けれど、それを今、実感したことによって気持ちが揺らいだのだ。
「前にも言ったけど、わたしはいまさら気持ちが変わることなんてないよ」
今まではハヤトさんに助けられたあの日、なくなるはずだった命を無理矢理に延命してきただけなんだ。
ただ、延命に失敗したっていうだけ。
なくなるはずだったものが、ちゃんとなくなるだけ。
「来月の取り壊しのために、あの中学校にはもういろんな人が出入りし始めてるの。あそこで死にたいなら今しかないから」
「あの場所にこだわる理由は何？死にたい理由って何？もう全部過去のことなんだから、はやく忘れて＿＿＿＿」
捲し立てるまゆは必死そうだった。
だけど、わたしの過去を、今までを蔑ろにするような言葉にどうしても黙っていられなかった。
「忘れられるわけないでしょ？！何も知らないからそんなこと言えるんじゃん！わたしは忘れらんないよ、一生。忘れるなんて無理だよ。もう無理なの。つらいの。自分でもわかんないよ…………！」
まゆにここまでつらくあたったのは初めてだった。
まゆの反応が怖くて顔を俯ける。
重い空気の中、まゆが口を開いた。
「A。今まで、分かったようなことばっか言っててごめん。これまでは死ぬとか、自分とは遠い話だと思ってたけど、Aが本当に死ぬって分かったときに、やっと実感できた。…………本当に死ぬって」
言い終わったと思ったけれど、なんとなくまゆはまだ何かを言いそうな雰囲気がある。
今の言葉に続く言葉を想像して、わたしはどきりとした。
涙もいつの間にか乾いて、心臓が脈打つ音と秒針の音がズレていく。
やだ、聞きたくないよ…………
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作者名：芳野 | 作成日時：2023年3月31日 23時
