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◆桜雨 ページ1

<Yuzuru Side>

キーンコーン、カーンコーン……

小学校から聴こえてきたチャイムの音に、つと足を止めた。
昼休憩の時間かなと、俺は塀の向こうに見える校舎の時計を目を凝らして見る。

しばらくすると、手にボールや縄跳びを持った子どもたちが校庭に走り出してきて、静かだった空間が一気ににぎやかになっていく。

俺も休憩時間は友達とドッチボールとかしていたっけ。
めっちゃ懐かしいわ。


子どもたちの声を背中に聞きながら、住宅街を抜ける。

目的地にちゃんと辿り着くことができるか、ちょっぴり不安だったけれど―――何度か角を曲がると、記憶の中にしまっていた風景が現れた。


 
丘の上の小さな公園。
錆びれた遊具と、二人掛けのベンチ。

そして、一本だけ植わっている桜の木。

昨晩雨が降ったせいだろう、散り落ちた花びらがピンク色の絨毯のように地面を染めている。


俺はゆっくりと桜の木に近づき、幹にそっと手で触れて―――

「……ただいま」

と、呟いた。


俺は、この場所に戻って来た。
約束を果たすため。


 
 
当時、22歳だった俺はオリンピックシーズンを前に一時帰国していた。

子どもの頃からの夢。二連覇の重圧と期待。
プレッシャーは好きだし、力に変える自信もある。

だけど、そのためにはなにかを犠牲にしなくちゃいけない。

誰に強制されたわけでもなく、俺は頑なにそう考えていた。


「……身勝手なこと言って、ごめん」

あの日も今日と同じように、この場所は桜が満開で……俺とAの間に、ひらりひらりと花びらが舞っていた。

彼女は三つ年下のフィギュアスケーター。
ソチオリンピックの後、彼女からの告白に応じる形で付き合いが始まった。

Aは振られること覚悟で告白したらしいけど、子どもの頃から同じリンクで練習してきて、純心爛漫で明るい彼女に俺も惹かれていた。


甘いキス、俺を夢中にさせる柔らかな肌、大好きな子と過ごす時間は俺の心を慰めて、安らぎを与えてくれる。

大切で、大好きな子。


だから、スケートと両立はできなかった。

幸せすぎる時間は、スケートからの逃げ道になる。


別れを告げたとき、Aは予感していたんだと思う。
静かに涙をこぼすだけで、俺を責めることも、怒ることもなかった。

ただ、「ずっと、応援している」と言って、微笑んだ。


 
 
 

*→



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設定タグ:フィギュアスケート , 羽生結弦   
作品ジャンル:恋愛
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エミル(プロフ) - くっきーさん» 短編、楽しみにしてもらえて嬉しいです!GIFT、想像をはるかに超えたショーでした。ハマりすぎて更新が滞っていますが、しばしお待ちくださいね。 (2023年3月2日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
くっきー(プロフ) - やっぱりエミルさんの短編すごく素敵です!泣GIFT大成功でしたね!!これからの展開楽しみです、、 (2023年3月2日 1時) (レス) id: 95130b7885 (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 璃子さん» 似通った話になりがちなので、新鮮と言ってもらえて嬉しいです(*´ω`*)ファン目線だと羽生さんのそばにいられるだけで幸せ。でも、実際に彼女になる方は大変だし我慢することも多いんだろうなって想像します。本当に幸せになって欲しいと私も思います。 (2022年4月10日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
璃子(プロフ) - なんだか新鮮なお話でした。楽しく読ませて頂きました。実際お付き合いするとなったら…やはり今回の羽生さんのようにお相手を気遣って「俺といて楽しい?」とか気にしそうですよね。何にせよ幸せになって頂きたい方です。 (2022年4月10日 9時) (レス) @page23 id: a68a41f56a (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 鹿さん» 鹿さん、ほっこりしていただき、ありがとうございます(*^-^*)長編がアレなので、素直な二人にしました。幸せな羽生さん、増やしたい!会見は、羽生さんらしい世界観でした。 (2022年2月14日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:エミル | 作成日時:2022年2月12日 22時

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