託宣の神（Sm） ページ9
いちごんさん いちごんさん。
わたしを ゆるしてください。
そして どうか·····。
いつも山の祠にやってくるAは、来ては同じことを願い帰っていく。
もともと人との会話は苦手で、滅多に姿を見せることもなかった。
今日もまたAが山に登ってきた。
いつもと同じ言葉を心の中で繰り返す。
いつもと違うことは、神からの返事があったことだ。
「お前は何を願うんだ」
「私を許して欲しいんです」
「·····何を許せばいい？」
「私は、父の言葉に背きました。天皇のもとへ奉公に行かなければいけないのに行かなかった、です」
毎日のように来ては、真剣に願っていくAの話を聞こうと思ったのは、ただの気まぐれだ。
目をつぶり手を合わせたまま動かないAに近づく。
一礼をしていたAは、かすかに震えていた。
一向に神からの返事が無かったため、Aは少し顔をあげてみた。
目の前には紫の瞳がAを見ていた。
「いちごんさん？」
「·····スマイル。こっちの方が呼び慣れてる」
「スマイルさんは、私を許してくれますか？」
「俺がお前を許したところで何になる」
Aの瞳が揺れる。
スマイルは知っていた。
Aが奉公に行かなかったことはもちろん、それに激怒した父から日常的に暴力を与えられるようになったこと。
A達家族が村八分になっていること。
スマイルが一言「許す」と発するのは簡単だ。
だがAの願いが違うことを、スマイルは知っている。
「言え」と命じないのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
そうは言っても何もせずにAを帰すほどスマイルも鬼ではない。むしろ大きな力を持つ神の1人だ。
「俺は
「ころして」
涙を浮かべながら小さく発した言葉は、いつも願っていた言葉だった。
スマイルは満足気に頷き「許そう」と一言発した。
いちごんさん いちごんさん。
わたしを ゆるしてください。
そして どうか ころしてください。
薄れゆく意識の中、Aはスマイルが笑ったのを見た。
願いが叶った時、笑っているのはAかスマイルか、はたまた両方か。
紫色の空に星が輝いていた。
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作者名：ミカ | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/elyseeskei1/
作成日時：2022年8月19日 18時
