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普通なら急にいなくなるなんて失礼な人、と憤慨する所だが、Aは少し休みたかった。
お母様の決めた人と、もう一度くらい踊っておかないといけないんだけれど。
きゃっ、とAは驚いた子犬のような悲鳴をあげた。
(だってだって、人がいるとは思わなかったんですもの！)
……人を見て悲鳴をあげるとか、失礼だねぇ。
低い声が耳に冷たい。
青白い月明かりに、真っ赤な瞳がふたつ。
あれ、この方は1度もフロアで見ていない。陶器のような白い肌は、ゾクリとする美しさがあった。こんな綺麗な方、視界に入ったら見ずにはいられないもの。
「ごめんなさい」
普通なら立ち去るところなんだろうけれど、釘で打ち付けられてしまったみたいに足が動かない。
Aは深紅のドレスの腿のあたりをきゅっと握った。Aの笑顔が少し引きつって、背中に冷たい汗が流れた。
「別に謝んなくていいから」
零は壁際に立って弟の様子を見守っている。
Aは願った。
どうせなら立ち去ってくれと言ってほしい、と。その言葉がなければ、この足は動きそうになかった。
けれど彼は一向に口を開かない。唇を一文字に結んだままじーっとAを見ているだけなのだ。
「あの、お名前は」
Aはせめて自由な口を動かすことにした。
あー、名乗らなきゃいけない？
面倒だと言うように彼は眉をひそめた。
「きっと何かのご縁ですわ」
Aの言葉を、彼はふんと鼻で笑った。
あんた、さっきうちの兄者と踊ってたよね。とルビーのような瞳がAを映した。
(ああ、どうりで紅い瞳も、黒い艶やかな髪も似ていると思ったら)
口調は穏やかな兄よりは、少し鋭い印象を受けた。年齢が故なのか。
「はあ、なるほど……」
あー、こんなところにいたんだぁー
Aはその声にドキンとした。若い女のような喋り方。
「A、あんた俺狙いだよね？ なーに他の男に目移りしてるの？ ちょ〜ウザい」
「まあいいや、ほかの女全部断ってきたから、今ならあんたと踊ってあげてもいいよぉ」
口ぶりは甚だしく紳士の気品に欠けるけれど、それは何故か一部の女性に対してだけだった。
「泉さん……」
そう、彼こそがAの視線で追うべき人なのだ。
Aはいつものように微笑んだ。
本当は喜ぶところなんだけれど、今はそれどころじゃなかった。
ええ、喜んで、と答えなきゃいけないのに、今度は声が出ない。
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さなえ(プロフ) - フラッペさん» コメントありがとうございます。お褒めに預かり光栄です。細かいところにこだわって書いてみました。 (2018年8月18日 16時) (
レス) id: b33fb32224 (このIDを非表示/違反報告)
フラッペ - お話の内容が濃くて私的には面白い物語でした。こういう細かな文章が好きで、なんか一つ一つに感情がこもっているというか……まぁ、とにかく良い話でした。 (2018年8月16日 1時) (レス) id: 0c5a8c4f79 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：さなえ@Ｌｏｖｅ伊織 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeHome/
作成日時：2017年7月29日 16時
