〃 ページ12
「また眠ってしまうの？」
目の前で声がした。
目を開けると思った通りAが股を割って入って身を乗り出していて、葡萄のゼリーのような瞳に凛月の顔が映っていた。
ふわりと花のような甘い香りが鼻をくすぐる。
凛月は苦笑した。兄者が側近の男を『わんこ』と呼んでかわいがっていたのを思い出したのだ。
先ほどAは凛月の手を引いて歩くのを老父の手を引くようだと形容したが、凛月に言わせると元気の有り余った飼い犬の散歩だ。
仕方ないから少し構ってやるか、と凛月は飼犬にするようにAの頭を撫でた。
シルクのような柔らかい髪はするすると凛月の指を滑っていく。
「よしよし、いい子」
「子供扱い……」
Aがあまりうれしくなさそうな反応をした。
「じゃあ、大人扱いしてほしいの？」
と首元へ噛みつこうとすると、すっと首を差し出された。これには凛月の方が少し驚いてしまった。とうの昔に覚悟はできているというのか。
「どうしたの？」
覚悟を決めた女の目は鋭くもあった。
「……あんたって、妙なところで落ち着いてるよね」
凛月は逃げるように目を逸らした。そうして昨晩の台詞を繰り返した。
字面は同じでも今度は苦い味がする。
まだ傷をつけてしまうには早すぎる。どんな花も蕾のまま摘んでしまうのは惜しい。
ここでプライドを押し通せば、凛月は一生かけて味わう楽しみを失うことになりかねない。
凛月が尾を巻いたのに対して、Aは嬉しそうな顔一つしなかった。
だから余計に凛月は悔しかった。
だってそれじゃあ俺が一方的に振り回されているだけみたいじゃないか。
無垢で、純粋で、何も知らなくて、ああなんて残酷な少女。
「はあ、そろそろ出かける？」
そう言うと、Aは、はい、と言って先に立ち上がって細い手を差し出した。
立ち上がるのに女性の手を借りるのは騎士としてどうかと思うが、それ以前に差し出された手を振り払うのは紳士としてどうだろう、などと凛月は柄にもなく考えて、彼女の厚意を受け取ることにした。
「くっくっく、若者は年寄りに尽くして当然の生き物。もうちょっと普段から俺をいたわってよね」
「はいはい」
そんな憎まれ口も今のAには強がりにしか聞こえないのか、ころころと軽快に笑った。
笑っていられるのも今のうちだけどね、と今度は笑われないように心の中でつぶやいた。
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さなえ(プロフ) - フラッペさん» コメントありがとうございます。お褒めに預かり光栄です。細かいところにこだわって書いてみました。 (2018年8月18日 16時) (
レス) id: b33fb32224 (このIDを非表示/違反報告)
フラッペ - お話の内容が濃くて私的には面白い物語でした。こういう細かな文章が好きで、なんか一つ一つに感情がこもっているというか……まぁ、とにかく良い話でした。 (2018年8月16日 1時) (レス) id: 0c5a8c4f79 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：さなえ@Ｌｏｖｅ伊織 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeHome/
作成日時：2017年7月29日 16時
