第25話 ページ25
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「ただいまぁ」
思ったよりも気の抜けた自分の声にAは思わず笑ってしまった。日中との寒暖差に体が堪えていた、秋が深った証拠だった。
Aの声がリビングにまで届いたのだろう、リビングから母の声が聞こえた。玄関の様子を見る限り父親の帰宅は遅そうだった。
ローファーを脱いで洗面所で手を洗ってからリビングに向かった。
「このタオルAの?」
ソファに座り一息ついていると、母がAの前に1枚のタオルを差し出した。
夏の日、防波堤で越前が貸してくれたタオルだった。
皺はすっかり無くなっていて、Aは少しだけ寂寥感を覚えた。
「うん、友達から借りたやつ」
「そう、洗っておいたから明日にでも返しなさい」
「はあい」
母からタオルを受け取り、一旦自室へと足を向けた。
思い立ったが吉日、明日にでも越前に返さなければとAは心に決めていた。空腹感に襲われる前に。
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自室に戻ったAは去年の現代文の教材を引っ張り出し、片っ端から目を通していた。自分が何のフレーズに感傷を得たのか、引っかかっていたからだった。
お嬢さん、小さく呟きながらページを捲った。
「あった」
ページを捲る手を止めた。Aが引っ掛かりを覚えていたのは、高校2年生の冬にやった有名な文豪の小説の1つだった。
先生とお嬢さんとKのすれ違いのような、そんな話だった気がしていた。
そういえば本を買わされたのだと気付いたのは5分経ってからだった。本棚を漁っていると下の階から母の声が聞こえた。
どうやら父親が帰宅したようだ。夜ご飯に呼ぶ声に返事をしながら、Aは目当ての文庫本を手に取った。
数枚ページを捲れば「恋は罪悪」の文字に蛍光ペンが引いてあった。
罪悪、恋は罪悪。恋は罪悪なのだろうか。何度咀嚼しても飲み込めない言葉にAは一人苦しんでいた。罪悪?そうか、罪悪か。あながち間違ってはいないのかもしれない。
ふと、Aは本を読みながら回顧していた。
私がこの本の登場人物なら、一体誰に当たるのだろうか。先生?お嬢さん?K?それとも、ただの傍観者?欲を言えば、Aは傍観者でいたかった。
「誰でもないな」
1人の部屋にAの声が反響した。空腹感に襲われたAは本を閉じ、リビングへと向かった。
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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時