第8話 ページ8
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夏になると人間誰しもが暑さにやられてしまう。
きっと、目の前の男もそうだったのだろう。
「だから、もう一度俺と付き合ってほしい」
Aよりも大きな背丈をした男は小麦色の頬を赤く染めていた。遠くで女子生徒の黄色い声援が聞こえた。
なるほど、私のことがまだ好きだから付き合ってほしいと。
Aはどうにかこの男の言い分を理解してやろうと思考を巡らすも、理解するに値しない言い分に眉間に皺を寄せるしかなかった。
「アンタ馬鹿にしてる?」
一度別れた男ともう一度付き合えるほどAの心は寛大ではなかった。
ましてや、一度他の女に靡いた男など論外だった。
男の横を通り過ぎようとすると、Aの冷徹な言葉に逆上したのか男はAの右腕を掴んだ。軋む右腕に、男女の歴然とした力の違いを見せつけられた気がした。
「痛…!」
キッ、と男を睨みつけると男は不愉快な笑みでAを見下ろした。Aは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「お前、そうやって男誑かしてきたわけ?」
男はツラツラと言葉を並べているがあまりの屈辱にAは何一つ頭に入ってこなかった。
私が何をしたって言うのだろう、ただ右腕が痛かった。
「最低…っ」
言葉が出てこない自分が悔しくて、ただ目の前の男を睨みつけるしか無かった。あまりにも執拗く付き纏ってきたこの男に、仕方なく首を縦に振ってしまった過去の自分を恨むしかなかった。
波のような痛みにAの目頭が熱くなるのを感じた。
ダメだ、泣くんじゃない。
「ねぇ、」
懐かしい夏の香りがAの鼻腔を擽った。Aの視界を遮った背中にAは小さく息を吐いた。
いつもより低いアルトトーンが反響した。
「やってる事ダサいと思わないわけ?」
「は?」
「振られて逆ギレって、最悪だと思うけど。男としてダサすぎ」
怒っているのかな、越前の顔は見えなかったけど声が微かに震えているような気がした。
越前がAの掴まれていた右腕を振りほどいた。痛かった、全部、痛かった。
「お前に関係あんのか?ちょっとテニスできるからって有名人気取りかよ」
「テニスも出来ない奴に言われたくないね、行くよ先輩」
越前はAの左腕を引っ張って歩みを進めた。男の呼び止める声が聞こえたけれど、越前はただ真っ直ぐ歩き続けた。
暑い皮膚、少しだけ乾燥した指先、まめ。私と全然違う。そうか、越前も、男なんだ。
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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時