第38話 ページ38
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体育館の隅で古びた暖房が動き出した。ボウ、という鈍い音ともに生温い風を送り出していた。随分横に成長した校長を横目にAは越前の姿を探していたが、我に返り目を伏せた。膝に掛けた赤いマフラーが暖かかった。
「明日はイヴだっていうのに、なんで私たちは学校にいるのかな」
友人の心から溢れる面倒くさそうな声にAは苦笑いを浮かべた。
青春学園高等部は毎年23日が終業式になっている。次の日がイヴという事もあり、館内は何処となく落ち着きがないように感じた。イヴ、と言ってもAの予定は白紙だったのだが。
「A明日予定は?」
「ない」
疑問符を浮かべたAに友人は心底残念そうな顔を浮かべた。同情だ。なんて失礼な女だ。
「なんて可哀想なのA…」
「やかましいわ」
そう言いながら涙を流すフリをした友人は悪戯に笑ってAに抱きついた。Aは抱きつかれた反動で体がよろめいた。
ごめん、と顔の前で手を合わせたAに友人は肩口で笑い出した。この女、何がおかしい。
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終業式は何事もなく終わりを告げ、Aたち3年生は退場を促された。自分たちのクラスが呼ばれ立ち上がったAは肩を叩かれた感覚に振り返った。
「不二くん」
冬の寒さも相まって、不二の陶器のような白い肌が眩しかった。
不二もAと同じくそのまま付属大学に進学するわけだが、こうして同じクラスになることは今年で最後だった。昔を懐かしむ程度には情が深まっていた。お互い随分大人になったものだ。
不二の紺色のセーターから伸びた綺麗な手がAに差し出された。
「今までありがとうA」
「なに、今生の別れ?」
「今年もありがとうって意味だよ、ほら」
「はいはい」
不二の綺麗な手を握って、実感した。
本当に私たちはもう少しで卒業してしまうのだと。毎朝教室に行けば不二は私に笑顔を浮かべて挨拶をしてくれた。不二の綺麗な顔を拝むことも、軽口を叩き合うこともこれで終わってしまうのだ。
「来年はほぼ登校しないし、Aは登校する気ないだろ」
「あはは、予行練習で会おう」
理由がなければ会えなくなるね、と言った不二に目眩がした。
実感がないまま、私たちは卒業していくのだ。退場しようとしたその時、副校長が慌てながらマイクに話し掛けた。ザワつく館内を他所に、Aはその光景を俯瞰していた。不二は愉快そうに壇上を見上げていた。その姿が藍色に被った。
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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時