モブはとことん当て馬にされる ページ33
@A
昨日無一郎は、聞いたことには全て答えてくれた。
あれから女性が周囲に居たことはあっても自分にとっての恋愛は人生で一度だけだったと、まっすぐに伝えてくれた瞳に胸が締め付けられて。
結局、こうなったのは全ての判断を間違えた自分のせいだと私の中で折り合いをつけた手前、今の状況が申し訳なくて仕方ない。
エレベーターの前に置いてある浴衣を見つめていた私は彼に話しかけられて、虚から返った。
「Aちゃん?浴衣?どれでも良いと思うよ。」
『あ…うん、どれでも…』
慌てて選ぼうとしていれば、いつのまに傍に居た無一郎の髪が肩に触れる。
「浴衣、悩んでるの?どれも良いね。」
『…どれも?』
「Aは何着ても可愛いから。」
…無一郎が昔から、耳元で飄々と甘い言葉を囁くことにはいつまで経っても慣れない。
それでもこうして、どんな時もわくわくするような会話を自然にしてくれることがとても心地良かったのだと改めて感じる。
「あ、追い風が吹いてるな。」
『…なに?』
「見て、Aが泊まる部屋番。笑える。」
無一郎は808号室の客室の鍵を、ニヤリと笑った顔の横に掲げた。
***
エレベーターが八階を知らせて、スマホをいじっていた彼が電話してくると言って、私に荷物を押し付けて足早に降りて行った時。
無一郎に宿泊部屋まで手を引かれて、背後で入り口のオートロックがかかる音がした。
「今あいつ追いかけて探偵しなきゃだけど…僕は、Aと二人きりになれる誘惑に勝てない。」
『…こんなことになって、本当にごめん。…好きでもないのに彼氏作って…無一郎の目の前で過ごして…すごく滑稽に見えてるでしょう?』
「なんとなく付き合ったとか誰でもあるって。…僕は大丈夫だから。」
『…私、本音を言うと今すぐにでも無一郎と…』
「…僕と、何?」
何もかも投げ出して、今すぐにでもその胸に飛び込めるならどんなに楽だろうか。
再会してからずっと、無一郎から向けられている眼差しがどんな意味を持つか分かってる。
成り振り構わずに私もずっと同じ気持ちだと言ってしまいたい。
「…僕はただ、そんなふうに黙っちゃうことなく、Aに言わせたいだけ。」
『何を…?』
「今、Aが考えてたこと。そのためなら何だってするよ。こっちおいで。座って。」
無一郎がぽんぽんと叩いたベッドの端に腰掛けると、私の膝の前にしゃがんでじっと見上げてくる。
→つづく
終わり ログインすれば
この作者の新作が読める(完全無料)
←モブはとことん当て馬にされる
43人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:まちゃむん | 作成日時:2023年11月21日 19時