道化の華は笑む (ページ9)

今日:13 hit、昨日:1 hit、合計:2,820 hit

- ページ9

.

ウォール･ローゼ南区ジナエ町 _ 伯爵家専属の白馬の馬車から降車したラネーヴェはディオニューソスの手を取り､空虚を眺めた｡

鳥が翼を広げ､大空を羽ばたいていた｡燦々と陽射しが照り､眩い光に掌を翳して顔を隠した｡
町の人々が取り囲み､ラネーヴェは ″ 大丈夫だよ ″ と笑顔を繕い､呆然と立ち竦む幼馴染みを眼に映す｡

「おや､マルコじゃないか｡一体どうしたんだい ?
何やら慌てている様子だけれど｣

「心配､したんだ … 本当にラネーヴェなんだよね､夢じゃないんだよね｣

一般市民
ウォール･ローゼ南区ジナエ町特務官吏令息
ーーーマルコ･ボット

「嗚呼､夢じゃないさ｡之が現実なんだよ｣

海底を這うようなラネーヴェの低音声(ボイス)は､町の民衆の鼓膜を確かに揺さぶった｡
マルコとて知的能力が劣っている訳では無く､馬車にアポロンとアルテミスが居ない時点で悟っていた｡

存在を確かめるように､マルコはラネーヴェの華奢な身体を優しく､壊れぬように抱き締めた｡
儚く消えてしまいそうな〝嗤い〟にも､壁を隔てるかのような〝言葉〟を掬(救)うように｡

「ラネーヴェ嬢､ゆっくり休むんだよ｣

「 … 有難う､ディオ｡さあ､マルコ … ! 行こうか｣

「わぁ､待ってよ ! ｣

大人達の同情を悟ったラネーヴェは ″ 早く行こう ″ とマルコを促し､ヘル家へ駆け出した｡
片時も離れる事の無かったディオニューソスに感謝の意を忘れないのは ″ 流石 ″ と言った処である｡

暫く遊戯(チェス)を嗜んだラネーヴェは黄昏時を迎えようとも暮夜を迎えようとも､泣く事は無かった｡
唯､其れから決して独りで眠りにつく事は無い儘で､二年の月日が流れた｡

.