救済 ページ37
「医者をここに連れてこなくては」と杉元さんが呟く。だが、私達は密入国者で、かつ日本兵だ。通報されてしまえば、治療どころではなくなってしまうだろう。
鯉登少尉も同じことを思ったのか、「危険を冒してまで尾形を助ける必要なんかないはずだ」と眉間にシワを寄せて難色を示す。
「でも、月島軍曹だって、ちゃんとした医者に一度診てもらったほうがいいだろ？」
確かに、杉元さんの言葉も一理ある。鯉登少尉は口をつぐんでしまう。
月島軍曹の傷も、このまま放っておいていい怪我ではない。
重苦しい雰囲気の中、ニヴフの格好をすれば見分けられないかもしれないと言う杉元さんの提案により、この場所へ医者を連れてくることになった。
数時間後、杉元さんたちは村から近い医者を連れてきた。月島軍曹の怪我を診てもらったあと、医者は尾形上等兵の方を見て、病院の方が機材が揃っているから、そこで診ないといけないとロシア語で話す。
だが、その提案を拒否したのは鯉登少尉だ。
彼は「駄目だ、ここでやれ」と語気を強めて言い放つ。
月島軍曹が通訳すると、医者は何かを訴えるように私達を見た。きっと、医者として患者を助けたいという気持ちがあるのだと思う。
しばらく沈黙が続く中、沈黙を破ったのは杉元さんだった。
彼はわかった、と一言話すと、「尾形にはいろいろ聞くことがある、まだ死なせない」と言った。殺気立った彼を見て、鯉登少尉が渋々了承する。
私達は医者を連れて、犬橇で集落を出ることになった。月島軍曹は怪我が酷いため、そのままアイヌの村へ一先ず待機してもらう。
外へ出ると、いつの間にか空はどんよりと曇っており、雪が激しく降っていた。
空気は冷たく、吐いた息が白く濁る。
「よしッ！出発だ！」
尾形上等兵を橇に括り付け、鯉登少尉の後ろに乗り込む。鯉登少尉の前に乗ろうとしたが、白石さんが乗る位置の前にいるため、駄目だと怒られてしまったからだ。
「しっかり私に掴まっていろよ」
「はい」
私が返事をした瞬間、杉元さんが掛け声をあげ、橇が進む。順調に橇が進んでいく中、ふいに鯉登少尉が前方にいる杉元さんに声をかけた。
「尾形を救ったとして、あいつが改心して本当のことを話すなんて期待してるほどおめでたくないよな？」
その問いに、杉元さんは振り返って答える。
「救いたいのはあいつじゃねえ」
…………ならば、誰を救いたのだろう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 182人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
塩わさび(プロフ) - くろわっさんさん» コメントありがとうございます。毎日だなんてとても嬉しいです☺これからも宜しくお願いいたします！ (6月18日 21時) (
レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
塩わさび(プロフ) - あもさん» 何を企んでいるんでしょう…😏😏 (6月18日 21時) (レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
くろわっさん - 最高です😭😭😭💖毎日のように読ませていただいております！！これからも楽しみにしています🙇🏻♀️💖💖 (6月7日 0時) (レス) @page43 id: 046a741a21 (このIDを非表示/違反報告)
あも(プロフ) - 尾形さん一体何を・・・。てかいつの間にか尾形さんと鯉登さんとの三角関係に！！？？ (6月6日 22時) (レス) @page43 id: 656bb5ebbb (このIDを非表示/違反報告)
塩わさび(プロフ) - あもさん» ですね☺共感していただけて嬉しいです💕 (6月6日 12時) (レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：塩わさび | 作成日時：2023年5月14日 23時
