懐古 ページ4
「Aちゃん」
幼馴染の“彼”の声がした。ゆっくりと目を開けて声のした方へと目を向ける。そこには、あの時と変わらない、穏やかな笑みを浮かべた少年の顔が、空を背にしてこちらを見下ろしていた。
その姿を見て、私はまたあの時の、彼を失ったときの夢を見ているんだなと思った。
「こんな所で寝ていると、風邪をひいてしまうよ」
「うん…」
「もうすぐ日が暮れるから帰らないと」
そう言って手を差し出す彼につられて、私はゆっくりと起き上がる。ぼんやりとした頭の中、伸ばされた手をじっと眺める。
……帰りたくない。もっと、ずっと一緒にいたい。
そんな思いとは裏腹に、身体は勝手に動いて、彼の手に自分のそれを重ねる。すると、「温かいね」と言って握り返してくれた。その温もりを感じて、思わず涙が出そうになる。
「…Aちゃん？どうしたの？どこか痛む？」
「………」
「Aちゃん？」
黙っている私を見て、彼は少し困ったような表情をして、私の顔を覗き込む。私はそんな彼を見つめ返し、きゅっと唇を噛みしめると、意を決して口を開いた。
「……帰りたく、ない」
絞り出した言葉に、彼は一瞬だけ驚いた表情を見せた。当時の私は、父親が失踪したばかりでまだ間もなく、母親から冷たい態度をとられ始め、家に帰るのが苦痛になっていた頃だ。
だから、こうして“彼”に会うのは、久方ぶりだった。私の言葉をきくと、彼は悲しそうな表情をして、それから優しく微笑む。
「…僕も一緒にいたいよ」
「…なら、」
「でもだめなんだ」
きっぱりと否定されて、胸がずきりとする。
どうして、そんなこと言うの。
「……僕は農民で、君は官僚の娘さんだ。身分が違うから、一緒にいるところを見られたらいけない。帰りが遅くなったら、君の家の従者が探しにくるだろう。そうしたら僕らの関係は終わりだよ」
「なら……なら今、一緒に逃げよう…！？大きくなってからじゃ遅いよ、早くしないと……」
焦燥感からか、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
とにかく、このときの私は、おろかで、浅はかで、そして幼かった。しかし、そんな私とは対照的に、彼は落ち着いた様子で首を横に振るだけだった。それが余計に私の不安と恐怖心を煽った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 182人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
塩わさび(プロフ) - くろわっさんさん» コメントありがとうございます。毎日だなんてとても嬉しいです☺これからも宜しくお願いいたします！ (6月18日 21時) (
レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
塩わさび(プロフ) - あもさん» 何を企んでいるんでしょう…😏😏 (6月18日 21時) (レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
くろわっさん - 最高です😭😭😭💖毎日のように読ませていただいております！！これからも楽しみにしています🙇🏻♀️💖💖 (6月7日 0時) (レス) @page43 id: 046a741a21 (このIDを非表示/違反報告)
あも(プロフ) - 尾形さん一体何を・・・。てかいつの間にか尾形さんと鯉登さんとの三角関係に！！？？ (6月6日 22時) (レス) @page43 id: 656bb5ebbb (このIDを非表示/違反報告)
塩わさび(プロフ) - あもさん» ですね☺共感していただけて嬉しいです💕 (6月6日 12時) (レス) id: bea5a70fe9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：塩わさび | 作成日時：2023年5月14日 23時
