2人の短いお話 その5

好きになってくれるなら ページ17

「おはよ、北山」
「ああ…はよ」
「ん？何か元気無いね？どうかした？」





ふわり、と笑う藤ヶ谷は、最近違う匂いがする。


飲み会の日、藤ヶ谷と玉森のキスシーンを見て以来、藤ヶ谷とどう接すれば良いのか、俺は分からなくなっていた。


そんな心境の俺にとってはありがたいことに、慌ただしい日々が続き、藤ヶ谷と顔を合わせることはシフトが被った時だけだったし、連絡も依然と比べたら随分と疎遠になっていた。


だから、たまに会った時に前とは違う匂いが鼻を掠めると、胸の奥が切なくなった。前みたいな甘い匂いじゃなくて、もっと、爽やかな感じの。



例えるならスズランみたいな匂い。






「別に…」
「そう？具合悪いなら、言ってね」






香水変えた？
と、聞いたら、色んなことに気付いてしまいそうで怖かったのだ。


なるべく、視界に入れないように。
声を聴かなくて済むように。
匂いが香ってこないように。


…俺はとことん藤ヶ谷を避けていた。







＿＿＿





「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」





ランチタイムが終わり、バータイムに向けて店内を片付けていると、バックの扉が開いて遅番が出勤してきた。






「あれ、ガヤ、今日早番だったんだ？」
「そうなのー、明日は遅番にいるから」
「俺が明日休みだわ」
「あら残念」







ほら。
気付いちゃうから。

その匂いが誰のもので、その瞳が今、誰を見ているか。







「ミツー？あがろー？退勤時間だよ」
「…あ、わり。俺の分もタイムカード切っといて」
「はーい」






ぼーっとしていると、千賀が不思議そうに声を掛けてきたから、は、と我に返り何でもない、と適当に返事をして更衣室へ逃げ込んだ。



玉森と藤ヶ谷が会話をしているところを見るだけで胸が痛い。

さっさと帰ろうと急いで私服へと着替えていると、更衣室の扉がまた開いた。キイ、と軋んだ扉の音に避けるように背を向けると、藤ヶ谷は優しい声色で話し掛けてきた。





「そんなに急いでどうしたの？やっぱり具合でも悪い？」
「何でもねえよ」
「そう？この後飯でも行かない？」





どんな神経して聞いてきやがるんだ。


内心でそう悪態をつきながらも、別にどうって事は無いただの誘いだということは分かっていた。

いつからこうなってしまったんだろう。
ちょっと前までは、うざい、と軽くあしらっていたのに、今じゃこんなに切ない。





「…絶対嫌だ」

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