2人の少しだけ長いお話

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春というのは、別れの季節で、出会いの季節で。



「藤ヶ谷さあーん」

「はい」

「さっきの書類、部長に捺印貰ったら俺出しとくんで、今日上がって良いですよ」

「えっ・・・いや、で、でも」



そわそわ、と１年経ってもどこか遠慮気味な上司を、横目で見る。


「“今日、残業させたらぶっ潰す“」

「へ？」

「あなたの恋人にそう言われてるんで、早く帰ってください」

「・・・っ！」


がたん、と驚きで椅子から転げ落ちた藤ヶ谷さんの顔は、少女漫画のヒロインみたいに真っ赤に染まっていた。


「今日、何の日なんすか？」


くいっ、とネクタイを緩めながら、転げ落ちた上司に聞く。どうせなら、とことん残業してやろう。



「・・・４年目の記念日」

「そりゃあ、おめでたい」



玉森さんの宣戦布告以来、あれからこのカップルとは何故か関わりを持ってきた。


今まで秘密にしてきた関係だからこそ、誰かに話せることが嬉しいのか、玉森さんは俺を頻繁に飲みやフットサルに誘っては、のろけを話した。

その一方で、藤ヶ谷さんは至って変わらないスタンスを貫いていたから、それもそれで物足りなくて、俺から昼飯を誘ったり、空き時間に世間話を振ったりした。


その度に、ああ、玉森さんはこういうところが好きなんだな、と理解する。



「北山くん、ごめんね。お願いしても、良い？」


こてん、と首を傾げながら見つめてくるその様子は、無自覚でやってるんだからたちが悪い。


「はあーっ・・・」

「えっ、ご、ごめん！俺がやってから帰るよ！」

「違いますよ。こっちの問題です。さっさと家帰って、料理作ってあげたらどうですか。あの人、きっとお腹空かせて待ってますよ」

「あ、ありがとう。ほんと、このお礼はちゃんとするから」


そう言って俺の隣のデスクから荷物を回収し、申し訳なさそうにぺこり、と礼をした。



「じゃあ、今度の週末、どっちか空けといてください」

「へ？」

「今日のお礼してくれるんですよね。だから、１日俺の買い物に付き合ってください」

「お、俺で良いの・・・？」



戸惑う藤ヶ谷さんに、じゃ、お疲れ様です！と挨拶をしてパソコンに向かう。藤ヶ谷さんは、困惑しながらも小さく挨拶をして、小走りでフロアを出て行った。


少女漫画のヒロインなら、順風満帆な恋人生活を脅かすライバルくらいいても良いんじゃないだろうか？


週末のデートを楽しみにしながら、ふ、と先程の椅子から転げ落ちたシーンを思い出して、笑った。

終わり ログインすれば
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