2人の少しだけ長いお話

逃したもの ページ15

「何さっきからこっち見てんの」

「は？見てるわけねえだろ。俺の視界にお前という存在が写り込んでるとでも思ってんの？」


カチャカチャ


「はあ」

「ため息つかないで。お前の排出した二酸化炭素のせいで地球温暖化が進んだわ」

「お前の呼吸で刻一刻と氷河が溶けてるから、今すぐに呼吸を止めろ」


カチャカチャ


苦痛だ。
何が楽しくてこいつと残業しなきゃいけないんだ。

納入が明日の13時に迫ったプログラムに不備があったと発覚したのが16時58分。

残業決定。

果たしていつ帰れるのか？
終電時間との勝負のゴングが鳴り響いた。


「お前、電車、何線なんだよ」

「怖いわ。個人情報漏洩でパワハラで訴えるわ」

「その腐った思考回路しか無いお前に対しても、この聖母マリアのような優しい心をもって生まれた俺が、終電気にしてやってんだろうが。」


そう言われて、チラリとデスクトップの時計に目をやると、終電の時間は30分前に過ぎていた。


「早く教えろよな！！！！」

「何なんだよ！言っただろうが！」


終わった。
クリスマスイブを残業で会社で過ごすことになった上に、クリスマスの朝に、会社から朝帰りしなきゃいけないだなんて。


「・・・しにてえ」

「んだよ、終電逃したのかよ」

「そうだよ、俺はクリスマスイブをここで過ごして、クリスマスの朝に朝帰りする可哀想なアラサー独身男性だわ。笑え。せめて笑ってくれ。同情するな」


正直いってSEというのは高給取りではあるが、それに比例して社畜である。

何か不備が発生したらこちらの責任。
残業なんて当たり前だ。

アラサー独身男性の俺はきっと、優雅な独身貴族としか見られていないのだろう。



「お前、彼女とかいねえの」

「何？傷口に塩、塗布しないでくれる？性格の歪み、時空越えてない？」

「お前の言語を理解出来る人物がいるなら、今すぐここに通訳として連れて来い。
彼女、前いたじゃん。確か」

「・・・うっせえな！フラれたよ！悪いのかよ！」


そう、フラれた。

この子と、いつか、結婚するんだろうな、と思っていた。
だから安心していたというのもある。

プロポーズ何でいつまでもしてくれないの、
と涙を流す彼女を見て、そこで初めて、いつか、では遅いのだと気付いた。

プライドも言い訳もどうだって良かった。ダサくて、格好悪い男に成り果てた俺は平謝りした。

もう太輔が分かんない。
そう言い残して、彼女は次の日、部屋を出て行った。

逃したものは大きかった。

2→←4

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す