2人の短いお話 その6

大好きな味がする ページ18

「あ、おかえり」






ガチャ、とリビングの扉を開けると良い匂いが空腹を刺激した。







「ただいま。何作ってんの？」
「んー？親子丼」
「へえ。美味そう」
「北山の分もあるよ。今食べる？」
「うん」







ありがと、と言いながら慣れないスーツを脱いだ。

とりあえず同じような黒いスーツを身にまとって、慣れない革靴を履いて。こんな毎日を繰り返しているだけで、本当に俺は大人になれるんだろうか。

慣れ親しんだスウェットに首を通すと、藤ヶ谷のお気に入りの柔軟剤の良い香りに包まれた。






「はい、どうぞ」
「おー、超うまそう！」
「味付け適当だから、しょっぱかったらごめん」







着替えて戻ると、丼を両手に持って藤ヶ谷がテーブルに置いてくれた。


三つ葉までのってる！すげー！

一瞬にしてテンションが上がった俺に、藤ヶ谷は笑った。








「いただきます」
「どーぞ、」









ぱく、と大きく一口含めば、ふんわりとした鶏肉の柔らかさに、俺好みの少し甘めな味付けが口に広がった。






「ん〜まいっ！」
「詰め込みすぎ。ちゃんと噛んで食べてよ」







そう咎めながらも、俺を見る目はいつもより優しくて、ちょっとだけ恥かしくなった。



元気無いね、とか、何かあった？、とか。直接聞いてこないのが藤ヶ谷なりの優しさで。

それに加え、自分の本音をあまり話さない俺の性格もあり、時には勘違いで喧嘩をする事もあるけれど、お互い丁度良い距離感を保っていた。



だから、今日みたいな時。


大事な面接がある、と出かけて行った俺が落ち込んだ表情で帰って来た。

そこから何かを察したのであろう藤ヶ谷は、間接的に甘やかしてくるから、思わず泣きそうになる。






「おかわりあるからね」
「ん、ありがと」






涙が落ちてきそうになるのは何でだろうか。
こんなに親子丼って美味しいっけ。







「ふじがや」
「ん？」
「……今日、一緒に風呂はいろ」
「えっ……？！良いの？！」
「……変なとこ触んなよ」
「善処します」






こんなに優しくされたら、ちょっと痒いくらいだけど。

きっと藤ヶ谷が作ってくれたから、こんなに美味しいんだろうな。








「…ありがとな」
「うん？何が？」








今日も知らないフリをする藤ヶ谷は、優しくて格好良くて、自慢の恋人だ。

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