前世なんて知ったこっちゃない【山崎退】

音鳴る方へ ページ39

そもそも一般人に刃物を向ける時点で正気じゃないよな。と思いながらなるべく興奮させないように落ち着かせようとするが、周囲に刃物を振りかざしている様子から既に遅しと伺える。



「お兄さん落ち着きな、人を傷つけても良いことないって小学校の先生が言ってたよ」

「うるせぇ黙れ！！」


煽りスキルの高い私がとやかく言ってもこの人には逆効果のようだ。
人質でも取られたらたまったもんじゃないので、迂闊に刺激を与えない方が良いだろう。

そんなことを考えていると、何処からかシャッター音が聞こえ、男はそちらの方に振り向いた。男の目に映るのはスマホを片手に構えている中学生くらいの男の子。



子どもを人質に取る気かと思っていると、男は両手にナイフを握り直して、振りかぶりながら男の子に向かって一直線に走り出した。


逃げろ、という叫び声と共に、その場にいた人達は逃げ惑い、その場はパニック状態に。

ターゲットにされている男の子は恐怖からか、唖然としてその場から動こうとしない。


私は全力で駆けるが、男までの距離が遠く、間に合わない。
地面に落ちていた水筒を男に向けて思い切り投げつけた。運良く水筒は男の頭に当たり、頭を抑えて苦しんでいる。



その隙にナイフを奪い、馬乗りになって男を押さえつけていると、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。



「観念しな、暴れんなよ」

「っくそ、離せ！！」



体術に多少の心得があるとはいえ、体格の良い男性と華奢な体格の女性とで比べれば、力比べには劣る。

結果男の片腕だけが自由な状態になってしまった。だが、警察もすぐそこまで来ていたので、押さえつける方に専念していた。




その選択がまずかったのだろうか。


警察が走ってこちらに来ることを尻目に確認していると、鼓膜が弾け飛ぶかのような大きな音と同時に横腹を何かで殴られたような衝撃があった。

目線を下ろした先に見えたのは、血に濡れた自分の服と、煙臭い銃口をこちらに構えたままの男が汚い笑みを浮かべている光景だった。




その数秒後、男は警察によって手錠をかけられ、何かを叫んでいた。

腹からは噴水のように血が噴き出して止まらず、だんだん身体が動かしにくくなっていく感覚を覚えながら、私は綺麗な月をただひたすら眺めていた。

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