ゝ ページ19
日差しうららかな春先。
私は弁当をこさえていた。包丁は手に馴染み、使いなれたものであることを察する。
……首をかしげる。
誰の弁当だろう、と思った。横を見ると、すでに出来上がった料理が皿の上で出番を待っている。弁当箱に詰められるのを期待して、それはつやつやと、美味しそうに。
野菜は飾り切りされ、南天まで用意されている。重箱の横には白山紬の風呂敷が畳んであった。
「Aさん、終わりましたぁっ」
「ダメよ、走ったら危ないわ」
「姉さんもよ。前を見て歩いて、まったく……」
後ろからかかる声に振り向く。山盛りのおにぎりを入れた籠を持った蜜璃とカナエを、敷物を持ったしのぶが不安そうに見守っていた。
三人とも、モダンな着物がとても似合っている。
まあそんなに、どうするの。
言おうとしてやめたのは、ああ、私が言ったのだと思い出したからだった。
杏寿郎も蜜璃もよく食べるから、多くたって困ることはないでしょうって。それに、行冥さんも、お寺のお子さんたちを連れてくる。
……でも、天元の奥たちと、お館様のご内儀も作ってくると仰っていたから、これくらいでいいだろう。
「ありがとう。他にはなにか……」
「お酒じゃないの?」
「ひゃあ!」
蜜璃が驚いて肩を跳ねさせる。
突然現れた無一郎は、大きな目をキラキラさせて、不思議そうにしていた。早く行こうよ、と急かすみたいな、幼い目付きだった。
「……でも、明日に響いたら……」
「明日?明日ってなにかあった?」
「……夜には……」
「ねえ!明日、みんな空いてるよねーっ?」
勝手口から頭を出して、無一郎が声を張る。
やや遅れて、実弥の怒号が返ってきた。先週確認したろォが!
「……あまり騒いで、お館様のお体に障っても…、」
「いつの話をしているんだ、お前は」
酒瓶用の風呂敷を持った小芭内がため息混じりに言う。戸惑う私に、後から顔を出した義勇が言った。
「お風邪を召されていたのは随分前だ」
「……、そう」
私は微笑む。
そうして握っていた包丁を、首へ突き立てた。
──こんな刃では足りない。
そう思った途端、刃は私の刀へ転身する。
力を込める。力を込める。力を込める。
恥じ入るように、突き放すように、抱き締めるように。
……お館様は、もはや長くあられまい。
分かっている。その現実だけは、認めている。だから縋っている。
呪われた、
それならきっと、私は目覚めなかったのにね。
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アホ毛50%(プロフ) - 玲さん» マジで有難いです……やる気出ます……がんばります……(ToT) (2022年10月7日 20時) (レス) id: a42aa73c2c (このIDを非表示/違反報告)
玲(プロフ) - どうかお身体にはお気をつけてご無理はせずに更新、活動していただけましたらと思います……!ゆっくりのんびり待っております。想像以上に長くなってしまいすみません……!!長文乱文等失礼しました。応援しております……! (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
玲(プロフ) - 喉からどこかの鳥の声でも発してしまいそうでした。続編……書いてくださる…………?夢でも見ているようです。この幸せを沼鬼に負けないくらいの気持ちと勢いを持ってギリギリ噛み締めます。(?)(申し訳ありません次で終わります) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
玲(プロフ) - もう超大好き!!!となっていたというか今も勿論のことなっています書いてくださりありがとうございます。 そうして今もまた読み直していたら、文章が変わっている……!?と気付き更新日時を確認しましてア゜〜〜!!!と大歓喜のあまり(続) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
玲(プロフ) - コメント失礼致します。何回も何回も読み直し、そのたびこの作品は本当に面白いなあ、と思い、読了すると大きすぎる満足感と言い表し難いほどの感動が一気に込み上げてきまして、その感覚は頻繁に感じるものではなかったものですから、本当にこの作品はもう……(続) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
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