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 入隊したばかりの頃、俺はいつも黙っていた。
 己が振るう刀の青色をさえ見るだけで嗚咽が出そうで、我慢していて、それがいつの間にか癖になっていた。人と話すことが随分不得手になっていたのである。

 ……あの人のそばにいるのは、楽だった。

 話すことを求められなかった。また会話がないことを、周りは不自然に思わないようだった。あの人の前ではみんなそんなものらしい。そうやって、人並みに見られていることがうれしかった。
 厳しい稽古は嫌でも頭を空っぽにできた。
 疲れ果て、泥のように眠ったときだけ、俺は悪夢を見なかった。

 あの人は俺に、たゆまぬ鍛練と、欠かさぬ食事をのみ求めた。
 気が沈もうと体調が悪かろうと疲労困憊だろうと、少なくともあの人の近くにいるうちは、口をこじ開け飯を突っ込まれたものである。

 人は悲しみでは死ねないから、という。

「気鬱や病を誘えど、死因にはならん。ただの理由だ」

 え?これ吐いていいのか?とは都度思った。というか吐く。体ごと裏返って吐く……と。しかしまだ新入りだった俺が、かの梵柱の前でそんな無礼をはたらけるわけがない。拷問?と思いながらハァハァ飯を食った。

 その日、外ではシトシト雨が降っていた。
 泣き声のような雨音だったことを覚えている。

「私はな、」
「むぐっ……」
「そんな下らないことで死ねぬのさ。せめて戦って殺されねば」
「あなたを……殺せるものが、いるんですか」
「さあ。とかく戦えば腹が減る。腹が減れば飯を食う。一口ごとに生を歩み、死から遠ざかり、出来事は思い出に成り果てる」

 静かに立ち上がって、あの人は磨りガラスの窓を開けた。世話になっていた藤の家紋の家は洋式であった。

「私たちは、どうしようもないほど別たれる」

 サーッと風が吹いてあの人の頬が濡れた。
 泣いているようにも見えた。

「儘ならないな」

 引き離そうとしているのですか、とは聞けなかった。
 俺と、錆兎のことである。
 食べることは生きることであるとするのなら……食事が、死者と俺たちとを別つものであるとするのなら。それを俺に求め、あなたは、俺を生かそうとしているのですかと。

 勇気がなかったのではない。
 言葉が見つからなかった。

 どんな風に言っても、まるであの人が、俺に生きていてほしいと、そう願っているような口ぶりになってしまうと思った。
 そんなものは思い上がりだと思う。
 気高くひとりで生きるあの人に、俺などが寄り添えるものか。

「話は変わるが、冨岡」
「はい」
「お前ほんとうに食い方が汚いな」
「…………」

ゝ→←かくておさまり



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アホ毛50%(プロフ) - 玲さん» マジで有難いです……やる気出ます……がんばります……(ToT) (2022年10月7日 20時) (レス) id: a42aa73c2c (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - どうかお身体にはお気をつけてご無理はせずに更新、活動していただけましたらと思います……!ゆっくりのんびり待っております。想像以上に長くなってしまいすみません……!!長文乱文等失礼しました。応援しております……! (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 喉からどこかの鳥の声でも発してしまいそうでした。続編……書いてくださる…………?夢でも見ているようです。この幸せを沼鬼に負けないくらいの気持ちと勢いを持ってギリギリ噛み締めます。(?)(申し訳ありません次で終わります) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - もう超大好き!!!となっていたというか今も勿論のことなっています書いてくださりありがとうございます。 そうして今もまた読み直していたら、文章が変わっている……!?と気付き更新日時を確認しましてア゜〜〜!!!と大歓喜のあまり(続) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - コメント失礼致します。何回も何回も読み直し、そのたびこの作品は本当に面白いなあ、と思い、読了すると大きすぎる満足感と言い表し難いほどの感動が一気に込み上げてきまして、その感覚は頻繁に感じるものではなかったものですから、本当にこの作品はもう……(続) (2022年10月7日 16時) (レス) @page45 id: 94771a4103 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アホ毛50% | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年10月29日 0時

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