中原中也の服事情

八着目 ページ8

｢これと、これ…このネクタイとこの帽子、このスーツも……あとこのシャツの赤ってありますか？｣

服選びに付き合ってから15分。
15分で人はこれだけ服を選べるのだろうか。

女は選ぶのが遅いというがAのように早いのも考えものだ。
山積みになった服にさらに積み重ねていく。
一体幾つ買うつもりなのだろうか。

｢あとこれと……この靴のサイズは…あ、大丈夫ですそれもください｣

これで1件目だと言うのだから恐ろしい。
中也は非番日ということもありAの仕事を見学している。

普段、書類を整理したり自分の食事を用意したり仕事のスケジュール調整をしたりという面でしか見ていなかったが……。

｢こりゃすげぇな……｣

服も勿論Aが用意してくれる。
が、その実態がこれだとは中也は微塵も思わなかった。

｢これくらいかな…あ、会計はこれで｣

更に経費ではなく自腹で買っていると来たから驚くしかない。
中也の服代を給料から引けばAは今月殆どタダ働きに近い。

｢経費で出ないのかよ｣
｢出ないに決まってるでしょう。中原様のプライベートですよ？｣

確かに会食や会議などの服は自前だが仕事の一環ともなればスーツ代くらいは出るのではないか。

否、そうでもしなければこの目の前にいる秘書は労働しているだけの人間になってしまう。

｢んじゃ、俺の口座から引けばいい。俺の服だ｣
｢私が買いたいから買っているのです。中原様は関係ありません｣
｢でも着るのは俺だ。買ってほしいから買わせてる。それでいいだろ｣

Aのカードの代わりに自分のカードを店員に渡し中也は満足げに笑った。


｢おら、次行くんだろう？｣

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