0時の水槽、溺れる魚【天谷奴零】

グロリア ページ34

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「他人の人生に影響をもたらしてこそ、人生には意味がある」



『＿＿それは、善悪どちらの意味も成していますか』



「そうだ。手段を選ばずとも他人の人生に干渉した者だけが生き残る


＿そうでもしなきゃ俺なんて零って名前の通り何も持ってないつまらないだけの人間だろ？」





彼の述懐を耳にして、ゆっくりと咀嚼しながら銘記しては呑み込む



想いを知ってもなお不思議と諦念や投げやりな感情が湧いて来ない事に、受け取り方どうこうの前にいよいよ摂理ではないかと懐柔し始めた





ほんと、あなたって人は。





充分どころか十二分過ぎる程に私の人生を掻き乱した帳本人だと言うのに。






『……＿＿朝だ』





瞳に柔らかく侵入して来た光に促され窓の外へ目を向けた。途端に重大な事に気付く





『＿＿零さん！！車から出ましょう！！！』



「え？」




ややオーバーに彼の名を上げては助手席から飛び降りて彼の腕を目一杯に引いては高台を目指す



聳える階段に上がる息よりも、重みを増す足取りよりも、朝まで引き留めた意味がある






『……＿＿は、っ。…れ、さん。空、見て』






私の指差す方角を従順に追い掛けた彼の瞳はこれまでに無い表情を形造った





明星

平行線から滲む朱の一本線と

点描に置かれた薄紫、桃色、ネイビー、赤、黄緑をヘラで擦ったような、未完成の完成とも捉えた空だ





『零さん、あれが東雲の空です』





一日の始めの顔を見せる大空にじっと目を凝らすオッドアイ




「そうか、あれが東雲か……。嬢ちゃんとじゃなきゃ見る事も無かったな」


『それは良かったです』





じわじわと色を変える東雲は地球の自転を知らせた




『＿＿私、貴方が何も持ってない人間だなんて思った事ありません。"零"って名前も素敵じゃないですか。……それに、』





一房浮き上がる髪の束

私の瞳は彼のように誇れる程澄んではいない








『＿＿0がなきゃ、1-1は出来ないでしょ？』









手繰り寄せた糸の先に


叙情はしつこく絡み付いていたか





『今じゃ0だって加減乗除の演算の一つですし、方程式に必要不可欠で＿＿』


「……っ、＿＿若えなぁ。」




張り詰めた糸が切れたが如く零さんの頭が私の肩に乗せられた




「＿＿俺が若けりゃ危なかったな」


『…へ？』



ぱっと肩口から顔を上げた彼はいつもの本調子を取り戻して笑みを浮かべた



「今日こそはイケブクロまで送らせてくれよ？
…嬢ちゃん」

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