対向車線【紫】 (ページ25)

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腕まくりをしながら勢いよく立ち上がると、

近くの部屋から物音が聞こえた気がした。

ん？と思ったが気のせいだろうと思って無視をして、あたしは本棚を眺める。

ほうほう、意外にも真面目な本を読んでいるらしい。

もっと漫画だらけなのかと思ってた。

お、ドラムの本とかあるよ。さっすが。

あらこっちにはベースマガジン。

丸山さんが表紙だ。かっこいー。

カチャ……

物音がした部屋の扉が開く音。

は？
ちょっと、他に人がいるとか聞いてないんだけど。

どうすんのよ、気まずいじゃん。

家族とかだったらどうしよ。

余計気まずいな。

あ！もしかして大倉くんの彼女！？

……なわけないか。

流石に彼女が来ているときにあたしを呼ぶ筈はない。

足音が聞こえて、何となく物陰に隠れてしゃがむ。

え、誰だろう？

あたしの他に誰かいるなんて聞いてないよ。

ちょっと家主！

早く帰って来い！

トイレか？トイレに行ってくれ～

しかしあたしの念も虚しく足音は廊下からこちらの部屋の方に近付いてくる。

「――隠れられてへんよ、A………」

多分、一瞬心臓が止まった。

そんなはずはないと、無理やり自分を納得させようとしたけれど

微笑を含んだその声は、

少し低くて掠れたその声は、

どう考えてもあたしが大好きで大好きで堪らなかった人のもので。

喉に何かがつっかえたように、声が出ない。

そんなのもお構いなしに、足音は尚もあたしの方に近付いてきて

ふっと、あたしの視界が暗くなった。

見上げる間もなく、あたしの頭に手が乗った。

――ああ、もう。

状況を整理する前に、本能的な感情の方が先行しちゃったよ。

「……っ、ふ…………」

会いたかった、でも会っちゃいけなかった、
大好きな人。

「――久しぶり、やな。」

ゆっくり顔を上げると、大好きな顔。

そこで、あたしがこれまで抑えていた感情が爆発した。

とめどなく溢れる水分が、頬を伝う。

何でここにいるのか。

そんなことを確認する余裕すらなくて。

何で姿を見ただけで、涙が溢れるのか。

その理由が分からなくて。

大倉め、あたしを嵌めたな。

「――話が、あんねん」

取り乱していたせいで、
その台詞が随分とくぐもって聞こえた。

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