誰も (ページ5)

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5 黒い丸の話ページ5

｢一応、あなたの両親が住んでいた家は
この国にあるんですよ。
と言っても、反対側なんですが……。｣
私が呆けた顔をしながら聞いていると、
卯月兄はメモ帳を取り出して、
べルギウスの略地図を書いた。
そして、黒ペンで右辺りに丸をして、
｢ここが今僕達がいる辺り、寒い地域です。
昔はロシアと呼ばれていました。
そして、ここが乾燥した地域、
昔はイタリアと呼ばれ、
ここにあなたの両親の家があるそうです。｣
と言いながら左端に丸をした。
｢と言っても、今は住んでいないので、
彼らを知っている人から
情報を貰えるかどうか、というところですね。｣
卯月兄はそう言って、メモ帳をしまう。
相変わらず几帳面だな。

卯月兄は機関車の当日券を取ってくれて、
べルギウス横断が始まった。
私は人に見られないように
個室席がいいと言ったけど、金銭的な事情から
一般席になった。卯月兄は窓の外を見ている。
私はその横顔を見ながら、
両親に会った時のことを空想していた。
まずは、今までのことを話したい。
楽しい事ばかりではなかったけど、
きっとお互い様だから。

｢穹。君を置いて、町を出てごめんなさい。
怖かったんです。あなたのせいじゃないのに。
僕まであんな目に遭いたくないって。
自分勝手でした。本当に。｣
卯月兄は、ふと目をこちらに向けた。
その目は苦しげに歪んでいる。
｢いいよ。卯月兄は誰に何を言われても、
私に手を出すことはしなかった。
それだけでも嬉しかったよ。｣
そう言うと、卯月兄は溜め息を吐いて
顔を上げた。
それから少しはにかんで、もう一度謝った。

私は小さな頃から、
街の人に石を投げられたり、罵られたりした。
私たちは町外れに住んでいるから、
毎日ではなかったけれど、
日に日に頻度は増していった。
理由を知っているのは私以外の人。
誰も理由を教えてくれなかった。
卯月兄も天兄も、理由は知っていたろうけど、
聞いてもはぐらかされた。
でも、卯月兄はある日、
｢君の左目の周りにあるホクロのせいだよ。｣
と教えてくれた。
確かに、今も左目の横に3連のホクロがある。
でも、それだけであんな目に遭うなんて。
きっと、深い理由があるのだろう。
でもそれは、今も分からない。