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明くる日、お昼下がり
休憩時間も過ぎ、皆各々の仕事へと戻りつつある中
私は今日外に出ている与謝野先生の代わりに、一人医務室を整理していた
時間が時間だからか、体を包むどこか穏やかな気分に微睡みへと誘われては振り切って
作業を続けなきゃ、と、欠伸を一つ零した
「ん、ねむ……」
重たくなる瞼を擦って、息を吐いて、それから気持ちを入れ直して
次の救命箱に取り掛かろうと、した時
「ふふ、可愛い欠伸だ」
鼓膜を揺らす、飛び切り甘い声
「__ひゃっ!?」
「どうやらお眠のようだね」
自分のじゃないような恥ずかしい声が出て、もう遅いけれど、咄嗟に両手で口元を覆う
その拍子に転げ落ちて、ころん、と柔らかい音を立てて床を行くのは
私が今さっきまで手にしてた、包帯の束
「あれ、Aちゃん」
「っ……だざ、い、さん」
気付かないで、なんて、莫迦みたいに無理なお願いを心の内に強く思う
けれどそんなのは、やっぱり無理なもので
「____包帯、触れるようになったの?」
わざとらしい問い掛けが耳もとをかすめる
思わず跳ねてしまう肩の後ろに、太宰さんその人の笑みがあるのが判ってしまえば、私は大きく目を逸らす他になかった
「ち、がくて、その……」
でも、どれだけ目を逸らしても
太宰さんの息遣いはまだ、私のすぐそばに居とどまり続けているけれど
「違うのかい? __でも君、私が去ったら床に落ちたもの全部、拾うだろう」
疑問符のない疑問、それはまるで私を揺さぶる
否定も肯定も出来ないこの場に、私を閉じ込めてしまう太宰さんには敵わない
答えの見つからない嘘に、心臓が忙しなくなった
「包帯に慣れたのか否か、今ここで私が君を抱き締めれば判るんじゃないかい」
声が、少し距離を詰めてくる
それだけじゃない、彼の蓬髪が首筋に触れたりするのにだって、いちいち胸が騒ぐのだ
為す術もなく、何を返事することもなく、口を結んでこの二人の空間を耐えて___
___いたら
「なんてね」と、聞こえた太宰さんの言葉
「そばに居るだけで真っ赤になってちゃ、まだ克服出来てないみたいだから」
また日を改めるよ、って、そんなの
私を追い詰めるだけ追い詰めて、それでも甘える私をこんな簡単に許したりして
そんなのは、卑怯な優しさというものだった
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桜月(プロフ) - 完結、おめでとうございます!!太宰さんの仕草や言動のひとつひとつにすごく胸がきゅっとなって、、めちゃめちゃキュンキュンしました!とても読んでいて楽しかったです!! (2021年10月11日 0時) (レス) @page28 id: cb743e60b6 (このIDを非表示/違反報告)
千桜里 - はじめまして!太宰さんの心情や行動にとてもドキドキしました!!本当に面白かったです! (2020年9月29日 12時) (レス) id: d647e09f50 (このIDを非表示/違反報告)
ヲタ娘(プロフ) - はじめまして。ヲタ娘です。すごく胸がキュゥ……として、フワフワっとしました! とっても面白いです! (2019年3月4日 20時) (レス) id: 737d873cb6 (このIDを非表示/違反報告)
桜紅葉 - 完結おめでとうございます!リクエストよろしければその後の話が読みたいです。お願いします。 (2018年3月7日 6時) (レス) id: 54de0e772b (このIDを非表示/違反報告)
月ノ輪(プロフ) - 完結おめでとうございます!すっごく可愛くて胸きゅんばっかしでした!他の作品も楽しみにしています♪ (2018年2月22日 13時) (レス) id: 3aab0973d9 (このIDを非表示/違反報告)
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