tk × in短編集② (ページ10)

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side kei

「そうだ、もし帰りたくないとか、帰れないんだったら、好きなだけここにいるといい。明日は城の中を案内するよ。」

ニコ、と笑って歩いていった男は、自分を『雄也』と名乗った。

『君が呼んでくれるかはわかんないけど、呼ぶんなら王子じゃなくて、雄也って呼んで欲しいな』

この国の王様の息子で、小さい時から王子と呼ばれることの方が圧倒的に多かったから、下の名で呼んで欲しいと。
暖かい洋服やふかふかのベッド、椅子。何もかも初めてで、楽しかった。
ゆうや、雄也、心の中で何度も呼んだ。

声を失う事など容易いと思ったが、愛する人の名前さえ呼べないのがこんなに辛いことだと知らなかった。
楽しいことを楽しいと、伝えられないことがこんなにも歯痒いことだと知らなかった。

「失礼します。王子…3日後のお食事会の件ですが」
「あぁ…分かってる。ちゃんとするから。」
「お願いします。…僕だって、王子にはちゃんと幸せになって頂きたいんです」
「…あぁ」
「姫君は、とても美しい方だとお聞きしております。
では…おやすみなさい」

ぼんやり耳を傾けた先の会話に、何かを感じとる。
それと同時に、魔女の言葉を思い出した。

『いいかい？人間の足は歩く度に裂かれるような痛みを感じる。それに…お前があの王子に永遠の愛を貰えなければ、お前は海の泡となって消える。それでもいいね？』

永遠の愛…
声も出せない、上手にも歩けない自分に、一体どうしたらそんなものがもらえるのだろう。

俯いて考えていた俺に、突然雄也が呟いた。

「…なあ、幸せってなんだと思う」

幸せ。
海の中にいた時は、家族と一緒にずっと海で暮らしていくことが何よりの幸せだと信じて疑わなかった。
けれど今は、雄也といるこの時間が、とんでもない奇跡で、幸せだと感じている。

「って、まぁ、君に聞いてもね。
明日もあるし、もう寝よう。」

答えられない歯痒さと伝えられないもどかしさで、なんだかとても申し訳なくなった。肯定の意味を込めて笑うと、「君の笑顔はあの子に似ているんだ」と、小さな声で言った。

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