tk × in短編集② (ページ8)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:16,822 hit

＊ページ8

.

どうしてそんな顔をするの、と聞くと、1番上の姉が口を開いた。

「私たち人魚の寿命は300年だけれど、人間の寿命はたいてい100年もないの。
でも、死んだら泡になって消えてしまう私たちと違って、人間は魂を持って天国へゆくの。」

「魂を持つには、どうしたらいいの？」

「人間に愛されて、結婚するしかないわ。でも、人間が人魚を愛するわけないわ。」

「…だったら、人間になりたい」

「！？…慧、やめて。人間になるなんてお母様が許すはずがないでしょう。」

途端に姉の形相が変わる。

お母様に許されなくたって、姉さんたちが止めたって知らない！
あと少しでそう叫びそうだった。たった1度会っただけ、たった一声聞いただけの男のために、今まで人間界など1ミリも興味のなかった自分がなぜこんなにも突き動かされるのか、自分でも分からないけど。
それでも、男にもう一度会いたいと。叶うならずっと一緒にいたいとさえ思う。

「…わかった。」

姉に背を向け泳ぎ出す。小さくごめんねと呟いた声は、泡となって消えた。

向かう先は決まっていた。
魔女の家だ。異様な雰囲気を持つその場所に近付く者は殆ど居ないが、小さい時にひとつ上の姉と探検したお陰で場所は覚えていた。

俺も中に入るのは初めてのそこについ怖気付きそうになったところで、突如目の前に魔女が現れた。
突然のことに驚き声を発せないでいると、魔女はニヤニヤと笑いながら俺の周りを泳ぐ。気が付くとにゅるにゅると動く八本の足が絡みついて、動こうにも動けなくなってしまった。

「おまえは…末っ子だね？」

「…はい」

「可愛い声…来てくれて嬉しいよ。歓迎しようじゃないか。」

魔女の声は図太く、容姿は老婆のようだった。
顔の大きさは俺の何倍かはあるだろうか。
耳元で囁かれ背筋が凍るのを感じたが、もう引き下がれない。

「あの…人間に、なりたいんです」

魔女の耳がぴくんと動く。

「ほう…人間にねえ。これはおったまげた。美しい人魚があろうことか人間になりたいなどと！」

甲高い声で笑う魔女が、1本の足で小さな瓶を持ってきた。

「ほら、これを飲めば人間になれる。」

「あ…「ただし！…タダではやらないよ？」

ニンマリと笑った魔女は、瓶を掲げてこう言った。

「お前のその可愛らしくて若くて美しい声をくれれば、この瓶をやろう。」

声…人間になれる代わりに声を失うという訳か。
それならば、軽いものだと思った。

.