tk × in短編集② (ページ7)

今日:1 hit、昨日:1 hit、合計:16,823 hit

＊ページ7

.

どれだけ時間が経っただろう。
海面の上に持ち上げた男の意識は戻らない。男の身体が冷えきってしまったのを感じる。
雨はまだ振り続け波も相変わらずだったが、このまま海の中にいては今度は冷えて死んでしまう。
人間は陸の上で生活する生き物。ここにいるよりも陸にあげなくてはいけないことに気がついた。

男の口に海水が入らないよう悪戦苦闘しながらなんとか陸に向かって泳ぐ。
普段重さなど感じない腕はその身体を引くのにもうずっと前から悲鳴を上げているが、そんなのも構わないほど、目の前の男を救いたかった。その一心だった。

やっとの思いで陸に辿り着き、砂浜の上に男を寝かせる。いつの間にか嵐は止み、少しずつ夜が終わりかけていた。

ハァハァと荒れる息を整えながら、男の顔を眺める。
近くで見てもやはり端正な顔つきをしている。
閉じたその瞳には、長い睫毛が良く似合う。

男は目を覚ますだろうか。

姉たちはきっと、帰らない俺を心配しているだろう。

船は、無事に岸に辿り着けたのだろうか。

沢山の心配事が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、太陽も昇ってきたその時、閉じたままだった男の瞳が微かに動いた。

「__っ！」

すぐさま近寄り、男の頬をぺちんと軽く叩く。
すると男は何度か苦しそうに大きく咳をしてから、ついにその目を開けた。
まだぼんやりとしている切れ長の瞳と目が合う。

「…君が…助けてくれたの…？」

想像していたよりも低い声に、一瞬喉が詰まる。

「ぇっ…と「王子…！？」

重なるようにして聞こえてきた大きな声に驚き、反射的に岩陰に身を潜めた。

「王子！！！無事だったのですね！！！よくぞ…っ
よくぞ、ご無事でっ…！！」

この声には聞き覚えがある。
あぁ、昨晩、最後まで男を探していたのは、この人間だった。
『王子』と呼ばれたその男は、そのまま肩を抱えられるようにして城の方へと歩いていってしまった。

家に戻ると、姉たちにものすごい勢いで抱き着かれた。
昨晩の嵐は下にも伝わっていた為、俺が何らかの形で巻き込まれて死んでしまったのではと気が気でなかったと。
姉たちに謝りつつ、俺は昨晩起きた出来事を掻い摘んで説明した。
嵐に巻き込まれた男を助けたこと。そしてどうやら、その男に『恋』をしてしまったらしいということ。

話し終わった時、姉たちは揃って酷く悲しい顔をしていた。

.