tk × in短編集② (ページ6)

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景色に夢中になりすぎて、船の気配に気がつかなかった。姉の注意通り、轢かれないよう距離をとる。
絵本の中でしか見たことの無いそれは、想像以上に大きくて、そして豪華絢爛だった。

ふと、バルコニーに立つ1人の男に気がつく。
男は自分より少し上くらいの年齢だろうか。まだ幼さを残した顔ではあったが、端正な顔立ちをしていた。
片側に流した少し長めの髪を風になびかせるその姿に、胸が高鳴るのを感じる。

不意に不穏な気配を感じた。海が荒れる気配だ。
空には既に暗雲が立ち込めているし、風向きも変わった。

人間がそれらに気付いた時には波は既に苛立ち始め、船はその身を大きく揺らしている。

海が荒れた時でも、水中深くにいれば自分たちに危険がないことはもちろん分かっている。実際数分前の自分であったなら、迷わず家に帰っていただろう。
だけど_____
あの男は、揺れる船の手すりに掴まりながら、仲間であろう人間たちを必死に守っていた。今にも自分が振り落とされそうなのに他人を優先するその姿に、自分だけ潜ろうだなんてとても思えなかった。

とは言っても、自分に出来ることなどただ見守ることしかない。
どんどん強さを増す波を鎮めることも、ゴロゴロと酷く大きい音を出しながら雨を降らし続ける雲を消すこともできない、ただの子供の人魚。
絵本にも書いてあった。『荒れる船から人間を救い出すことはできない』と。それでも何かないかと、懸命に考えていたその時だった。

「～～～っ！！」

人間の叫び声と共にひとつの影が海に投げ出された。
その影は、確かにあの男だった。
海に落ちた音は雨の音に消され聞こえなかったが、影の方向から推測される方へ急いで泳ぐ。暗い海の中で視界が利く目が役に立ち、存外早くその姿を見つけることが出来た。
意識を失っているのか、ゆらゆらと沈んでいく身体を受け止めて安全な水中深くへ行こうとした刹那、ふと気がつく。人間は人魚とは違い、海の中では呼吸ができないのだ。
このままでは死んでしまう、海面に行かなければ。

必死の思いで海面へと持ち上げたが、男は目を覚まさない。
あれこれしているうちに船は随分遠くまで行ってしまったらしい。…いや、違う。俺たちが流されているんだ。
船の中の人間はおそらくこの男を探すため、未だ必死に舵を取っていたが、暫く経って流石に諦めたのか、少しずつ陸の方へと向かって行った。この嵐の中、無事に岸に辿り着けるといいのだが。

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