百七十六。ピンヒール【智】 ページ26
『お疲れさん。また明日な』
冬本番を目前に控え、毎年の如く水産市場が益々活気付く季節がやってきた。
忙しない一日が終われば、いつものように同僚たちと互いに労り合い、それぞれ帰路につく。
築地市場から少し歩けばすぐに銀座に辿り着く。
高級飲食店が並ぶ界隈には目もくれずに、昔馴染みの店を目掛けて裏路地に回った。
『いらっしゃい智、ビールでいいか？』
じーちゃんの代から馴染みの店で、店主がいれてくれた生ビールに口をつけて時計を見れば、午後15時を回ったところ。
早朝から働く俺たちの終業時刻は、普通のサラリーマンよりもずっと早い
まだ明るい時間に銀座を足早に歩くスーツの男たちを尻目に酒を飲んで、今日もちょっとした優越感に浸る。
“久しぶりにまた料理の勉強がしたくなって”
ボーッと飲んでると
2週間ほど前に電話口で聞いた、そんなAの言葉を不意に思い出した。
「急にどうしたんだろ、あいつ」
一人呟いて、その真意に考えを巡らせる。
勉強、って…
今のお前にまだ必要なのか？思わずそう疑問が浮かぶほど、俺から見るAは立派な料理人でしかなくて。
まあ、上を目指せばキリがないってことなんだろうか？
窓から覗く銀座の街を眺めながら物思いに耽って、一人酒を進める。
そんな中、みゆき通りを急々と歩く一人の女性に何気なく目を止めた。
すると次の瞬間、彼女は何かに躓いたのか、手にしていたファイルの束を勢いよくぶち撒けて転んだ。
よく見れば、たっかいピンヒールを履いてる。
おいおい、大丈夫かよ…なんて他人事に思いながら、ぶち撒けたファイルから飛び出した書類を慌てて拾い集める彼女を遠目に見つめていると
先日の、ある瞬間と重なった。
.
“すみません、一人なんですけど”
間違いない。
この前、Aの店で俺の後に席についた、あの女性客だ。
そう気付いた瞬間、俺は無意識に立ち上がると店主に
「ごめんおっちゃん、明日また来るからツケといて！」と告げて、店を出たら彼女のもとへ駆け寄った。
彼女の少し後方へ飛び散ったままの紙切れを一枚拾い上げたら、正面に回って声をかけた。
「はいコレ。大丈夫？」
小柄でショートカットの、キャリアウーマンって感じの装い。
『あ…すみません、ありがとうございます』
恥ずかしそうにそう言って頭を下げた彼女は、立ち上がってピンヒールを履き直す。
…やっぱり
もっと前にも、どっかで会った気がする。
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ゆり:)(プロフ) - このお話が大好きで再開してくださり、とても嬉しいです。取材を受けられるなんてすごいですね！お店に行ってみたいです！ (2021年10月5日 20時) (
レス) @page31 id: 4c9de357d4 (このIDを非表示/違反報告)
miihoo(プロフ) - こんばんは。お仕事の方もお疲れ様でした。更新もありがとうございます。私もざっくり飲食関係の仕事なので身近に感じて毎回楽しみにしています。そしてこのお話の翔ちゃんが大好きです。続きを楽しみにしてますね！ (2021年10月2日 19時) (レス) @page27 id: 4ea876c979 (このIDを非表示/違反報告)
nao(プロフ) - 続きが楽しみです！楽しみにしています！！ (2021年9月19日 18時) (レス) id: afb0ab4a24 (このIDを非表示/違反報告)
shi(プロフ) - こんばんは。元彼女め…とモヤモヤしますね( .. ) この後の展開がドキドキです！！更新楽しみに待っています！ (2021年5月29日 21時) (レス) id: 4f699932a6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ティファニー | 作成日時：2021年5月23日 0時
