陸拾玖(ろくじゅうく) ページ20
『……貴方には、殺して欲しくありませんでした。』
剣がカランカラン、と音を立てて地面に落ちる。
ミシェルは黒い手袋を外しその場に捨てると、大人びたほほ笑みを見せた。
「僕が殺さなければ、貴方達がやっていたでしょう？
姉さん。」
Aはすこし驚いて、しかし直ぐに微笑む。
ゾムも知らなかったからか目を丸くしていた。
『気づいていたんですね。』
「気づいていなければ、貴女を教育係に指名したりしませんよ。」
国王の遺体が運ばれるのを、目を伏せて見送った後、ミシェルは痛々しい顔をしながら、くるりと振り向いて笑った。
「さて、講和のお話でしたね。こちらへ。」
ゆったりと歩いていくミシェルを寂しそうに見つめたAは、息を吐くと彼について行った。
そのまま応接間へ連れていかれると、こちらの要求を全て呑む形で講和を結び、話は手早く終わった。
そのまま立ち上がって、帰路につこうとした時だった。
「姉さん。
＿＿＿こちらへ戻ってくる気は、ありませんか。」
ゾムの肩がピクリと跳ねる。
思いの外Aは落ち着いていて、そのままミシェルの方をじっと見つめると、頭を下げた。
『それは、出来ません。』
「＿＿どうして、ですか？」
『私はこの国の裏切り者です。
そんな者が城にいては、国民の批判が高まります。
それに＿＿＿』
Aはちら、とゾムの方を見た。
ちょっと不安そうに瞳が揺らめいていて、くすり、と笑えてしまった。
『＿＿＿こんな私ににも優しくしてくれた、仲間達を裏切ることは出来ません。』
居心地が良すぎるのだ、とAは思う。
今まで劣悪な環境下にいたからこそ、擽ったいほどに幸福を味わっていた。
これから国を背負う、その決断をした弟が、こういう幸せを味わえるように。
私ができることは、悪役に回って、陰ながら支援をすることだけだ。
「……負けましたね。」
ミシェルはちょっと悔しそうに呟いた。
そしてゾムを見ると、微笑んで、頭を下げた。
「___姉を、よろしくお願いします。」
「＿＿＿もちろん。」
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