100万殺して英雄に ページ20
雨が降り続く夜の町。
19世紀のロンドンによく似たその町の中を、闇に紛れるような黒いロングコートを着た、真っ赤な手袋が目立つ男が歩いていた。
黒い帽子を深く被り、その顔を見ることはできないがずいぶん機嫌が良いらしく、はじめは小さな鼻唄だったがそこから徐々に声を出し、調子よく歌を歌い始めた。
「♪アシーの心地良い道を行けば、手には杖をつき、目には涙の雫を溜めて」
歌声が人の姿も気配もない町に、雨と共に響く。
「♪乙女の悲しげな叫びを僕は聞いた」
その直後、人のものではないつんざくような叫び声が聞こえた。
男は歌うのをやめて立ち止まり、そして声のした薄暗く汚い路地の方をじっと見つめる。
金属同士が擦れる音とガシャガシャという音が路地から男の方へと近付いてくる。
ぼんやりとした街灯の下に現れたのは、血で赤く染まった鎧を身に着け剣を持った、淡い金髪の、知らなければ少年の様にしか見えない若い女だった。
「君か、何体殺した?」
男が尋ねる。
「1、たった1体」
そう答える女の声は暗く、どこか悲しそうでもあった。
「そう。私は3人だから、これで全部だ」
指折り数えながら男が言う。女は黙り、じっと動かないでいる。
「どうした、ジャンヌよぅ、具合でも悪いのかい?」
「……いや、そういうわけじゃないよ、ジャック。ただちょっと、僕らはこれからどうなるのかなって、考えていただけだよ」
「そぅ、そうかい。ならいいんだ。じゃあ、帰ろうかね、ここでじっとり雨に当たっていたんじゃ、本当に具合がわるくなってしまうだろうからね」
そう言ってジャックは、ジャンヌに手を差し出した。
「一緒に帰ろう、おてて繋いで」
「あぁ」
ジャンヌが手を取り、2人は歩き出す。
「あ、そうだ。ポイントがたまったから、厚めの毛布と交換できる。良かった、これでジャンヌが体冷やさなくて済むなぁ」
「いやジャック、君が使うべきだ。君の方がいつも寒そうにしている」
「いいんだ、私は。自分の体を大事にしろ、ジャンヌはまだ若いし、女性なんだから、大事にされておくれよぅ」
「僕は……」
そこまで言いかけてジャンヌは黙ってしまった。
しばらく2人共黙っていたが、ジャックが再び調子よく歌い始めた。
「♪あなたは危うく命を落とすところだった。何て恐ろしいぞっとするような姿」
歌声と足音は雨の中に消えていき、やがて聞こえなくなった。
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衛生兵079(プロフ) - てふまるさん» いいですよ。どちらも書いても片方だけでも嬉しいです。 (8月8日 21時) (レス) @page24 id: fb9fb2071f (このIDを非表示/違反報告)
てふまる - あっよければ「人類が絶滅した世界で」ってのも書きたいんですがおこがましいっすよね(小声) (8月8日 21時) (レス) @page25 id: 0c10a97bca (このIDを非表示/違反報告)
てふまる - 「不完全人間」執筆してもよろしいでしょうか?いやぁこの中で一番面白かったので、、、 (8月8日 21時) (レス) id: 0c10a97bca (このIDを非表示/違反報告)
襲(プロフ) - ご報告遅れてしまい、申し訳有りません。【https://uranai.nosv.org/u.php/novel/arisu0000/】書かせて頂いた作品のURLです。お手空きの間にご確認ください。 (2023年4月3日 22時) (レス) id: 9c3e7d387f (このIDを非表示/違反報告)
衛生兵079(プロフ) - 襲さん» いいですよ!こちらからもよろしくお願いします (2023年1月4日 10時) (レス) @page25 id: fb9fb2071f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:衛生兵079 | 作成日時:2020年7月20日 3時