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「文法がさっぱりです」
「今更敬語とか気持ち悪いからいつも通りでいいよ」
「……うん」
投げられる言葉１つ１つにいちいちドキドキして心臓が煩い。教科書や参考書、過去問を一式で用意してくれた紫耀くん。ワイシャツから覗く血管が浮き出る男らしいその腕や骨張った大きい手のひらにいつだって触れたくて、掴めなくて、何度だって諦めた。
「聞いてんの？」
「……え、」
「文法だろ？これ解いてみて」
「うん」
渡された問題集をノートに書き写す。部活動をする生徒たちの声が、遠くで跳ね返る。夏の終わりの匂いが、 私たちのこの空間が、儚くて特別に見えるのは、きっと気のせいなのかな。
「どう？分かった？」
「全然」
「そっか、じゃあ次これ解いて」
「なにこれ、今までと全然違うじゃん」
「だからだよ、いろんな問題やんないと覚えないよ」
「鬼か」
「ははは、笑」
紫耀くんが笑うと私も笑顔になる。どんな魔法をかけたの？誰もいないこの世界に、私１人で溺れなきゃいけないの？抜け出せたと思ったら、まんまと連れ戻されちゃったよ。先生、助けて。
「今日はよく頑張ったな」
「…鬼！」
「はは、……わ、やばい、もうこんな時間だ」
「ほんとだ、真っ暗じゃん！」
「帰れる？」
「帰れない」
「言うと思った」
それが合図のようにニヤッと笑って「下で待ってて」……そう言った紫耀くんは戸締りをして荷物を集め、教室から出て行こうとする。
「え、あの」
「ん？」
「送ってくれちゃうの？」
「うん」
「ほんとに？」
「本当だよ。一服するからちょっと待ってて」
「……はい」
なんなんだ、この胸騒ぎ。もう感情が忙しくてついていけない。
……神様、私もう本当にダメかもしれない。
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作者名：詠夢
| 作成日時：2021年8月10日 17時
