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『あの…手当てありがとう』
「お前ってほんと性格読めねえや」
さっきの態度はどこへやら、申し訳なさそうなAに千切が笑う。
「ああ、でも……こんなん不謹慎かもしんないけどさ」
『ん?』
「俺、朔夜のサッカー見てみたかったな」
『…………私も』
もうあの頃のようにサッカーは出来ない。
だからそれはきっとこの先叶う事は無いけれど
『みんなとサッカーしたかったなあ……』
それは溢れて零れ落ちた、本音だった。
寂しそうにするAに、言葉をなくす。
その初めて見る表情から目が離せない。
千切の中にあったAのイメージは、強気で傲慢なコミュ症。
大分失礼だが。
他人と関わることが苦手だと結も言っていたし事実どの選手とも一線引いている姿に
人に興味が無いんだろうとか、1人が好きなんだとか、勝手にクールな印象を持っていた_________
が、そのイメージが一転した。
気がつけば手を伸ばして、その頭に乗せればくしゃりと撫でる。
綺麗な黒髪が思った以上に柔らかくて、さらりと揺れる。
その行為に驚いたAが千切を見れば
眼鏡越しではないその空色の目に、ハッとしたように手を離した。
「(………何やってんだろうな俺は)」
数回ぱちぱちと瞬きをしていたAだったが、そんな千切の様子を気にする事もなく救急箱を片付け始めている。
心の中では選手の大事な時間を奪ってしまった事に、申し訳なさを感じながら。
そんなAをただ千切は黙って見ていた。
『………そういえば』
片付けの終わった道具類を全て持ち、扉に向かうAを見送るように立ち上がる千切。
すると、突然Aが振り返った。
『ひどい事言ってごめんね』
「…………いや」
おそらく昨夜の出来事のことだろう。
今思えば、Aが怒るのも納得いく。
だからせめて
「本当に好きなんだな、サッカー」
と言えば
『大好き』
と、
くしゃりと笑った。
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Aが出て行った扉を呆然と見ながら、千切はズルズルと壁にもたれて座り込む。
「……………マジ、意味わかんねーや」
そう呟いて、熱を持った顔を冷ますように天井を見上げた。
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作者名:noon | 作成日時:2023年4月21日 0時