伝えたいこと (ページ3)

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自然と、彼女に接しようとする生徒はいなくなった。

見ると坂木が、スケッチブックに何か書き込んでいる。

一生懸命に、ほんのり目を潤ませ、ペンを走らせている。

ひっくり返して掲げたその内容に、俺は言葉を失った。

『春は好きですか？』

意味が分からない。

何故、どういう文脈でその質問に至ったのか。

思わずその顔を見る。

するとそれは、先程までとは違っていた。

坂木は酷くぎこちなく、笑っている。

無理矢理で不器用な笑顔を浮かべ、俺を見つめていたのだ。

「・・・・・・」

愚かな俺はそこで、やっと気付くことができた。

接点のない相手に笑顔を作ってみせる。

それはどんな時か。

坂木はこの状況を、適当にやり過ごそうなんて考えていない。

いかにも絞り出したようなその質問は、人間関係に明るくない彼女が、必死に言葉を選んで導き出したもの。

坂木は、俺と話したがっているんだ。

そこにたどり着くと、見えてくるものは一変した。

「字、綺麗だな」

言下、坂木はぴょんと一センチくらい跳ねた。

顔を紅潮させ、口をぱくぱくとさせる。

「おっと、そうじゃないな。
えっと春は、そうだな、好きだよ」

いきなりフレンドリーになったからか、坂木はきょとんとする。

「でも一番は秋だな。
坂木はどれが好きなの？季節」

坂木はスケッチブックをめくり、忙しそうに回答を書き込む。

『春が好きなんです』

「なんで春？誕生日とか？」

今度は長文なのか、キュッキュッと小気味良い音を奏でながら、声を描いていく。

『誕生日は三月なので、それもそうです。
あと、ポカポカするからです』

「ポカポカするのか、春は。
物騒だな」

『殴っているわけではありません。
暖かいということです』

真面目に返されてしまった。

俺の声に対し、坂木の言葉は不自然な時間差をもって返ってくる。

普通とは異なるリズムの会話に、違和感は拭えない。

でも、こんな間をも悪くないと思えた。

あと坂木がせっせと書き綴る姿は微笑ましく、わりに見ていられる。

大雨によって隔絶されたこの空間で、俺と坂木はその時、たしかに会話していた。

「そういえば、坂木はちゃんと俺のこと知っててくれたんだ」

そう言うと坂木は、慌ただしくスケッチブックに返事を書き込む。

しかし焦りすぎたせいで、キャップを地面に落としてしまった。