肆拾玖*本能の叫び ページ1
実side
恵の顔に、ここまで恐怖したのは初めてだ。
「いい子だから、戻って来い」
柔らかな笑顔に浮かぶ目は笑っていない。鋭い獣のような青灰色の瞳が俺を射抜いて離さない。掴まれた腕に篭る手の力が、さらに強くなるのを感じた。
『…本気か?』
「嗚呼」
低い声。まるで威嚇しているみたいだ。下手に動いたら、本当に玉犬で俺を襲うだろう。
『……分かった』
俺は恵の元に戻った。恵は嬉しそうに微笑んで、ギュッと俺を抱きしめてきた。
「良かった。お前を襲いたくないからな。本当に良かった。いい子だ」
『…ん』
擦り寄られながら、恵の頭を撫でる。そうすると恵はさらに嬉しげに擦り寄ってきた。
まるで犬のように。
『……』
「どうした、実?」
『なぁ、今幸せか?』
「?」
恵は首を傾げる。俺はじっと目を見ながら、額を合わせて再度尋ねた。
『今、お前は幸せか?』
「…!…嗚呼、幸せだ。とても」
ふわりと微笑む。合わさる青灰色の瞳が細められると、ぺろりと唇を舐められた。そのままキスをする。
チュッチュッとリップ音を数回鳴らしてキスをされると、恵はそのまま手を繋いで「帰ろう」と引っ張った。とてもご機嫌に見える。
『分かった、お前に従おう』
そう返すと、本当に心の底から嬉しそうに恵は笑った。そのまま俺達は婆ちゃんの家に向かって歩き出す。
…その間に、俺は泥を足元から出して小さな鳥を生み出した。生み出した小鳥を祠の後ろ、あの場所へと向かわせる。
『(悪いな、恵)』
紫の瞳を持つ小鳥は、俺と視界を共有している。この目があるからこそできる芸当だ。
頭の中で流れる映像を歩きながら確認する。見える景色は木の葉が散るただの地面だ。特にこれといて目立ったものは無い。
チラリと恵を見る。相変わらず機嫌良さげに先行して歩いている。勿論俺の手をしっかりと握って。これならまだ映像を確認していても問題無いだろう。
『(何かある筈だ。見られたら困るような、そんなものが…)』
小鳥に周囲を飛んでもらいながら確認していく。と、視界の隅に真っ赤な地面が映った気がした。
『(此処か…?)』
「実」
『っ!』
び、びっくりした…
『何だ、恵』
「帰ったら甘えていいか?」
『あ、嗚呼…良いぞ。調査終わったら特にする事無ぇしな』
『ただ薪割りさせろ』とだけ言うと、恵は「分かった」と返して前を向いた。
……隙を見てもう一度見るしかないな。
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2021年3月14日 15時