ハートのトランプは幸せな夢を見る (ページ10)

今日:2 hit、昨日:5 hit、合計:7,821 hit

😈酷い話さページ10

マルフィside

体が動かない。私は今、どうなっているのだろう？真っ暗な空間の中で、ぼんやりとした意識のまま私は目を開いた。
我が主の住まう茨の森。懐かしいと思えば、そうか、此処は私の産まれた場所じゃないか。
高い木の上の巣の中、夢を見ているような気持ちで懐かしい景色を見ていれば、突然背中を押されて私は下へと落ちた。
雛が落ちることは死に繋がる。突如訪れた命の危機に、必死で手足を動かして空を掴んだ。

「"角の生えた鴉など見たことない"」

いつか聞いた同胞の声が、肉親の声が、妖精達の声が、どこからともなく降り注ぐ。

「"気味の悪い醜い姿"」
「"不吉の印だ"」
「"鴉は死を喜んで伝えるのでしょう？"」
「"あっちに行けこの化け物がっ！"」

違う。私は化け物なんかじゃない。少し違うだけで何故そうも言われなければならないのか。
角があったっていいじゃないか、魔法が使えてもいいじゃないか。悪夢のような夢の中で咆哮する。数多に降り注ぐ心抉る声をかき消すように、落下する空の下吼え続ける。
忘れていた声だ。忘れていた記憶だ。お前たちに私の何が分かる？この苦しみは誰にも分かりはしない。私を理解できるのはただ1人、マレフィセント様だけだ。
そう、あの御方だけだ。私を理解できるのは、私を見てくださるのは…

『"マルフィッ！！"』

声がする。背けるように瞑っていた目を開ければ、目の前には美しい薔薇が一輪咲いていた。赤く、艶やかな薔薇だ。
知っている。私はこの薔薇を知っている。どれだけ散ろうと美しさを損なわない、私の気に入りの一輪。
手を伸ばす。落下する空の中で物を掴むのは大変だ。突き刺さる言葉の中必死で手を伸ばせば、柔らかな花弁に指先が触れた。

その時、首筋に激しい痛みが走った。

あまりの激痛に、私は首を押えてその場で蹲った。酷い痛みが胸まで刺すかのように突き刺さる。私は耐えかねて、思わずその薔薇を握り潰してしまった。瞬間、サァッと全身の血の気が引く。
潰してしまった。私の愛する美しい薔薇を、この手で。取り返しのつかないことを、私は……っ！

『マルフィ』

赤く濡れた手が頬に添えられる。黒い羽毛を撫でる蒼白い手の先、優しい赤の瞳が微笑みを浮かべていた。

『大丈夫、僕が居るから、落ち着いて』

……エース。私の気に入りの薔薇。彼は笑って、その後口から真っ赤な血を吐き出した。
口の中に広がる血の味と引き換えに、いつの間にか首の痛みは消えていた。