あの空の果てまで〈完結〉

朝虹　【F】 ページ10

親友のユリに彼氏を紹介したい、と言われた日のことはよく覚えている。

その日は夕方の空に虹が出ていて、しかもすごくくっきりした二重の虹だった。

「初めまして、藤ヶ谷太輔です」

オープンカフェで爽やかに笑う藤ヶ谷くん。

その背景には虹が出ていて、なんていうか、現実の人じゃないみたいだった。


「高校の頃からの親友のA。最近彼氏と別れたばっかりなの。太輔いい人いたら紹介してあげて」

「ユリ！いいよ、私は別に」

「そうなんだ。会社の同期に声かけて合コンでもする？」

「あ、いいじゃん」

「…ごめん、でも今はまだいいかな」

話が進みそうになったのを、空気も読まず断ったのは。

「そっか。そうだよね。健永くんのことそんな簡単に忘れられないよね」

「長く付き合ってたんだ？」

「高三？からだよね、8年？」

「……まあ、それくらい」


私の頭の中で警戒音が鳴っていたからだ。


「すごいな、俺そんな長く付き合ったことない」

「私もー」


「…二人は付き合ってどれくらいなんだっけ？」

ユリが、んー、て頭の中で計算してる。

「半年くらいかな」

「5か月だよ」

「だいたい半年くらいじゃん。細かい男は嫌われるよ」

ユリの言葉に、目線をアイスコーヒーに落として少し笑う藤ヶ谷くん。

アイスコーヒーのストローに近づく、形のいい唇。

ほどよく日に焼けた、グラスを持つ手。


その全部から目が離せないことに、気付いてた。


何考えてるの。

藤ヶ谷くんは親友の彼氏。

大好きなユリの彼氏、だよ。


頭の中の警戒音が強くなる。



「…ごめん、私。用事思い出したから、帰るね」


立ち上がると、ユリが不満そうな顔をする。


「えー！このあとご飯一緒に食べに行こうって思ってたのに」

「ごめんね、また今度」


たぶん、その今度、は来ない。


藤ヶ谷くんが、こっちをじいって見てる。


奥二重のきれいな目。


私は目をそらして、軽く会釈をするとカフェを後にした。


電車に揺られていると、ユリからラインがきた。


『ねえねえ、太輔どうだった？』

『どうって？』

『Aはどう思った？』

『素敵な人だと思ったよ』

『ほんと？』

『うん。お似合いだと思ったよ』


別に嘘はついてない。

しっかり者で美人のユリと、お似合いだと思ったし。


すごく、素敵な人だ、と思った。


だから。


もう二度と会わない。




電車から降りると、あんなにくっきり見えていた虹は。


もう跡形もなかった。

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