あの空の果てまで〈完結〉

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寂しそう？

「そんな風に見えてた？」

苦笑いしながら聞くと。

玉森さんは頷いた。

「広くてきれいなぴかぴかの家で。庭もきれいに手入れされてて。靴箱には幸せそうな写真」

玉森さんが空になったグラスを渡してきたから、受け取ったら指がふれた。

「それなのに、いつも寂しそうに笑うのはどうして？」

窓の外で蝉が競い合うように鳴いてる。


「……私、欠陥品なんです」


どうしてそんなことを言ったのか、わからない。


「大好きな人が望んでるものを。あげられないんです」

みんなが当たり前にできることができない。

それは本当に辛かった。

渉さんはいつも優しかったけど。

本当は責めてほしかったのかもしれない。


「あ、ごめんなさい。お仕事の邪魔し……」


最後まで言う前に。

玉森さんに抱きしめられていた。


「欠陥品なんかじゃないよ」


優しくて柔らかい声が耳元で聞こえて。

なんだか泣きたくなる。

玉森さんの指が耳にかかって、キスされそうになったから慌てて下を向く。


「一緒に逃げる？」


「……え？」


「俺。今日で仕事辞めるんです。
実家の静岡帰って、家業を継ごうと思って」

「家業？」

「茶畑でお茶作ってるんだ」


一瞬目の前に一面の茶畑が浮かぶ。


「……素敵」


そう言って笑うと。

「またそうやって笑う」

玉森さんは、少し怒ったような口調で、さっきより少し強引に唇を重ねてきた。

私も今度は抵抗しなかった。

何度も角度を変えて続くキスのリップ音と、蝉の声が頭に響いてる。


「今日の夜、皆既月食だよね」


玉森さんが私の首筋に唇を寄せたまま言う。


そういえばニュースで言っていた。



「月が欠け始めてから、また満ちるまでの間だけ。
東京駅で待ってる」



「……冗談だよね」

「冗談だと思うならそれでもいいよ」

「だって。私結婚してるし。
玉森さんのこと何も知らない。下の名前も」


私がそう言うと。


玉森さんは面白そうに笑った。


「それってそんなに大事かな」

「大事だよ、よく知らない人に急にそんなこと言われても」


「大事なのは。今日の月食が終わったら。
もう二度と会えない、ってことだよ」


玉森さんはそう言って、キャップを目深に被って、じゃあ、って玄関から出て行った。


行けるわけがない。


そんなこと、できるわけがない。



そう思いながら。


月が欠け始めるのは、何時なんだろう。




そんなことを考えている。







『月蝕』…END…

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