おはよう(芥川龍之介の場合) ページ42
「おはます」
「御早うございます、でしょ」
適当な挨拶を銀に訂正された子供は、「あい」とほやほや返事をしながら芥川に近寄った。
「おは」
「略すな」
銀が教えたばかりだろう、と頬を軽く抓む。芥川が子供を抱いてやると、やはりまだ眠たかったのか、子供は芥川の胸に顔を埋めて体を丸めた。その背をとんとんと叩いていると、「……優しくなった？」と少し驚いた顔の銀に言われ、芥川は気恥しさから顔を背けた。
確かに、以前の芥川は子供を気紛れに撫でる事はあっても、こうして抱擁しあやす様な真似はあまりしなかった。それが変わったのは、単に芥川の思考が変わったからでもある。
組合の長を倒し、自身がもう弱者では無いことが証明された。そして彼の人により賜った是認の言葉──生きる意味も知らず、全てを諦めただ野良犬のように地を這う貧民街の少年はもう居ない。
弱者で無くなったのならば、少しだけ守るものを増やしても良いだろうか。それが、雛のように誰かの保護を必要とするこの幼子であっても。
時計を見ればまだ家を出るまで時間があった。
「……眠気覚しに散歩にでも行くか？」
子供は眠そうに頷いた。
□□□
昼から夜にかけて栄華を極める反動か、この街は明け方になると全体が眠ったように静かになる。白い朝霧のかかった公園を子供の歩調に合わせて緩やかに歩きながら、芥川はぽつぽつと子供に語りかけた。
「寒くは無いか」
「だいじょぶ」
「霧が出ている故、今日は晴れるのだろうな」
「うれしいね」
「……お前、」
「うん」
「名は欲しいか」
子供は足を止めた。芥川も止めた。落ち葉を踏む僅かな音も止み、本当に静かになった。かち合った瞳の色は同じ筈なのに、子供のそれは己よりずっと澄んでいるように芥川には感じられた。
「うん」静寂を切り裂くように子供が言った。
「ほしいよ、でもいまじゃないの」
今度は迷子にならぬようにと、しっかり握った芥川の手の中にあるはずの温度が質感が消えて往く。霧が晴れて往く。
子供の輪郭が、徐々に薄く、
「また会ったときにくれたら、それでいい」
子供は恥ずかしそうに笑っていた。芥川は子供と繋いだ手を緩めた。
「でも、それはわたしじゃないかも」
「そうか」芥川は繋いだ手を離し、子供を抱き上げた。抱き上げて、きょとりと瞬いている子供の頬に自身の頬を寄せる。子供の体温はきちんとそこにあった。早足で公園から抜ける。
「帰ろう」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 363人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「文豪ストレイドッグス」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
糖莉 - めっちゃくちゃ面白くて一気読みしてしまいました。最後がとても感動？してグッときました。この作品に出会えてとても良かったです！ (2022年1月30日 22時) (
レス) @page50 id: b9fd4d8946 (このIDを非表示/違反報告)
獏(プロフ) - 完結されてから時間が経ちましたが、どうしても感想を伝えたくなり書き込みました。すごく好みの作品でした。最後に芥川さんが名前をつけようとするところがグッときて仕方がありませんでした。こんなに良い作品に出会えて嬉しかったです。ありがとうございました (2021年8月7日 18時) (レス) id: e438c140c8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - dekuさん» ありがとうございます！！ 完結した今でもこうして感想が来るのは本当に嬉しいです！！敦くんの話はもっと丁寧にやりたかったな〜と思っていましたが話数の都合で断念（-人-） (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - しぇるふぃあ。((芦原晴))さん» 語彙力のある感想に死にそうになってます……一気読みお疲れ様でした本当にありがとうございます幸せです 変わったとはいえ芥川にとって我が子に上手く愛情を注ぐのはきっと難しい事で将来は色々苦悩したりすると思います笑 (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 秋霖時雨さん» ありがとうございます！ 彼は自分の事を「卑しい身の上」だと思っている部分は多少なりともあって 自分の血を引いた子供は不幸になる と考えいた芥川が諸々吹っ切れた台詞だったりします(こっそり) (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こめ(元団子) | 作成日時：2018年10月14日 18時
