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月が足元をほの明るく照らしているので、どこかに足をひっかけて転ぶ心配はない。
眠っているところを抱きあげたられた獪岳は小さなこぶしの甲で目をこすっている。それから、むにむにと口を動かしながらAを見て、静かに笑った。
空腹がつらいのも忘れて、Aは優しい気持ちになった。
「おりこうさんねえ、獪岳。泣かなくてえらいね」
Aは炊事場の床に獪岳をそっと寝かせ、水甕の水をすくって飲んだ。
腹に水を入れれば空腹は紛れた。あとは朝まで眠ればいいのだ。
ふと、Aは戸が開いていることに気づいた。外から月明かりが差し込んでいる。
やけに炊事場が青白く明るい理由はこれだったのか、と戸に近づこうとする。
「んぇ……」
「あっ、ごめん、ごめん獪岳。一緒にいこうね」
下から泣きそうな獪岳の声が聞こえてきて、Aはあわてて獪岳を抱いた。
獪岳は涙をためた瞳で、指をしゃぶりながらAの顔を見上げている。
Aは微笑み、ささやくように獪岳に言った。
「戸締まりをちゃんとしないとね、鬼が入ってくるのよ。そして悪い子を食べちゃうんだって」
Aと獪岳を孫のようにかわいがってくれる年老いた下男が、そう言っていたのだ。
子供を怖がらせるような語り草に、鬼だって自分で扉を開けて入ってくると思うのだけど、という言葉を飲み込んだことを思い出す。
「文枝ちゃんは、食べられちゃうかもしれないね」
Aは戸を閉めながら、綺麗な着物をきた、ふっくらした頬を真っ赤にして駄々をこねる幼い女の子の姿を思い出し、一人でくすくす笑った。
「獪岳は大丈夫よ。いい子なんだから、獪岳のところには鬼も、悪いものもこないから」
獪岳は丈夫な赤子だった。吐き戻しもほとんどなく、母親の乳を飲ませてもらえない事にも関わらず、すくすく大きくなっている。
Aが子守り奉公を務める屋敷のある村では、虎烈刺患者が一人でた事で病には過敏になっていた。
当時、日本では虎烈刺が定期的にはやった。
虎烈刺が恐ろしい伝染病だという事はAも知っている。実際、Aが産まれた村でも死人が幾人も出た。
虎烈刺にかかるとどうなるか。
役所の人が患者を連れて行く。患者はまず二度と帰ってこない。そうして遺された者は葬式もあげられず、罹患者が出た家には灰白い薬剤を散布され立ち退きを命じられるのだ。
だからAは祈る。このまま獪岳が病や鬼といった悪いものと無縁で、無病息災に育つ事を。
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契ゐと(プロフ) - ああ、可愛いがすぎる…獪岳が推しなのでこんな素敵な小説があって嬉しいです (2021年8月17日 12時) (レス) id: 86212c8490 (このIDを非表示/違反報告)
月狐(プロフ) - あぁあぁ!!!最高すぎます!!この小説の獪岳くんはめっちゃ可愛い。「獪岳嫌い」って人おるけど、私は大好きすぎてやばいレベルです。獪岳くん好きか他にもいて良かった…。更新待ってます!!! (2020年12月26日 15時) (レス) id: 8c0c53f143 (このIDを非表示/違反報告)
善逸、獪岳くんしか勝たんよ~。 - 獪岳推しです♪可愛い過ぎる!死ぬよ死ぬ! うーとかさ、とにかく獪岳の全てが可愛いから。大人になった今はクソイケメン過ぎて辛い!早く続きお願いします!獪岳が好きな理由分かります (2020年11月11日 22時) (レス) id: b6d5995114 (このIDを非表示/違反報告)
マナ - 獪岳の成長を読みながら見守っていきます(笑)更新楽しみにしています!頑張って下さい! (2020年10月26日 16時) (レス) id: e03751a58e (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - マナさん» マナさん、コメントありがとうございます!似てますかね…(意識してなかった)人から指摘されて気づくこともあるので嬉しいです!2日に1度くらいのペースで更新しますのでお付き合い頂ければ幸いです(*´ω`*) (2020年10月24日 11時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ(元団子) | 作成日時:2020年10月19日 23時