芥川と幼子【文スト 番外】

ロトさんリク『幼児ちゃんが敵組織に拐われてしまい、芥川が一人で助けに行こうとする話』 ページ9

「芥川君、君の娘が拐われてしまったよ」

「…………そうですか」


天気の話題を振るような気軽さで、鴎外は芥川にその事実を告げた。「因みにこれが監視カメラの映像」と鴎外が見せた端末の映像には、ポートマフィアの事務員であった筈の女に素早く麻袋に詰められる子供が映っていた。女はそれをスーツケースに仕舞い、悠々とその場を去る。

何故大人しく運ばれているんだ、少しは抵抗しろ、と思いながら芥川はその映像を見ていた。動画を止め、鴎外は顎の下で手を組んだ。


「それで、芥川君はどうしたい？ 助けに行くのなら君の業務は暫く停止してあげるよ」


芥川はその言葉に目を瞠った。ポートマフィアは基本的に益がなければ動かない組織だ。その組織の長が、無力な幼子一匹の為に融通を効かせてくれるとは。


「芥川は普段頑張ってくれているからね」鴎外が笑顔で付け足す。

「それに、君にはあの子が必要だろう」

「はっ？」


素っ頓狂な声が上がった。芥川は首領が相手と云う事実を思い出し、口元を覆って短く不敬を謝罪した。鴎外は気を害した様子もなく、抽斗から取り出した紙に何かを書き付けている。


「これを持って行きなさい。幹部級の人間も顎で使える……と迄はいかないが、これを前にした裏社会の人間はあらゆる情報の秘匿が出来なくなる」


銅色のそれを畳んで外套の懐に入れ、芥川は鴎外に頭を下げた。





人の居なくなった首領執務室にて、鴎外は後方を向き、間延びした声で少女の名を呼んだ。


「エリスちゃ〜ん、私、ちゃんと君の言う通りにしたよぅ。あれで善いのだよね？」

「そうね。リンタロウにしては偉いんじゃない」


エリスはツンと澄まして言った。鴎外の顔が華やぐ。
あの子を助けるように仕向ければ新しい洋服を着てやる、と云うエリスの出した条件を鴎外は嬉々として呑み、先の芥川とのやり取りに繋がった訳である。



□□□



そこは廃墟と化した港近くの教会だった。しかし中は最低限の修繕は加えられ、電気も通るようになっている。横窓には木板が打ち付けられ、吹き抜けの天井にある小さな窓から唯一光が射していた。

女は床に水平に置いたスーツケースの蓋を持ち上げた。中から麻袋を取り出し、口を緩めて床に置く。


「貴方の父親は殺人鬼よ。そんな奴の子に生まれて、貴方は本当に可哀想。だから私が幸せになれるようにしてあげる」


もぞもぞと麻袋の中から這い出る子供を見て、女は立ち上がり、両開きの扉から出ていった。

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