誤解だ! ページ21
そんな会話があった日の午後。社長室の扉を三度叩く者があった。入室の許可を出した後、無音で部屋に足を踏み入れたのは鏡花だ。鏡花は米俵でも担ぐように子供を抱えていた。
『私はミィちゃんにヤモリを食べさせようとしました』と書かれた札を首から下げた子供は、部屋の隅にすとんと下ろされた。福沢は表情には出さなかったものの戦慄した。ミィちゃんは武装探偵社の父と言っても過言ではない御仁、夏目先生の仮の姿だからだ。
「失礼しました」鏡花は丁寧に一礼し、子供を置いて社長室を出た。部屋には静かに混乱する福沢と借りてきた猫のように大人しい子供が残された。
「……家守か」
数時間にも感じられる数分の沈黙を乗り越え、福沢はぽつりと零した。子供の肩が跳ねる。
「火を通せば喰えぬ事もない」
子供はそろりと視線を福沢に寄越した。「食べたことがあるのか」子供の瞳は期待の色を兆し、僅かに輝いている。
「戦時中、如何しても腹が減ってな」
「美味しい?」
「泥臭かった。二度と口にするのは御免だ。……み、みぃちゃんも同様の理由で拒んだのやもしれぬぞ」
「なるほど。それは悪い事をした」
福沢の座す椅子にそっと近寄る気配がある。子供は些か乱雑に広げられた書類を横から覗き込み、難解な漢字ばかりが並ぶのを見てぎゅっと眉を顰めた。
「しゃちょー、これは何の仕事だ」
「之はある企業の演説文を代筆してくれと云う依頼。之は会社の経営論を壇上で語れと云う依頼。之が退屈な会合への招待状だ。返事を書かねばならん」
「……楽しいか?」
「全く」
福沢が嫌な顔を隠しもせず言ったので、子供は意外そうに瞬きした。ふと子供が思いついたように福沢の膝に乗り上げる。福沢は思わず硬直したが、子供はお構い無しに語りかける。
「猫探しの依頼は楽しいぞ」
「……そうか。善かったな」
「食べ物を貰えた」
「ああ、店主に肉饅を貰ったと鏡花の報告書にあった」
「次はしゃちょーも行くといい」
「私では駄目だ。不審者と思われ店を摘み出されてしまう」
ここ最近はずっと書類仕事をこなしていたせいか、首が凝っている。福沢は解すように肩の力を抜き、少々跳ねている子供の髪を撫でた。少し迷う様な気配の後、子供は背中を福沢に寄りかからせた。
「しゃちょー! 今日は事件三つも解決したよ! 褒め……」
乱歩からスッと表情が抜け落ちる。乱歩は子供と福沢を交互に見て、深く息を吐き、吸った。
「福沢さんの浮気者!!!」
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ロト - こめ(元団子)さん» お久しぶりです!最近わりと多忙でした…少し時間が空いてきたので見てみようと思えば結構更新されてて嬉しかったです!癒されました〜! (2019年8月25日 23時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - ロトさん» ロトさん! お久しぶりですね! そうです娘主は奔放な子供なので自由に遊び回っては国木田さんに叱られ 最終的には追いかけ回されますw (2019年8月25日 22時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - 近所迷惑(社員寮)……つまり、国木田さんの胃痛が増すんですね分かります。 (2019年8月25日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 来霧さん» やったー!ありがとうございます これからもお付き合いください! (2019年8月19日 2時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
来霧(プロフ) - 続きが!きになりすぎます!!応援していますー!頑張ってください! (2019年8月17日 0時) (レス) id: cc1c1fbc8a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ | 作成日時:2019年6月22日 21時