【文スト】私と貴方の。【太宰治】

生存十九日目。 ページ20

｢早速で済まんが、御使いを頼めるか？此奴と｣

｢丁重に御断りさせて頂きます｣


険しい顔と、にこりと云う音が付きそうな程の笑顔とが対面する十時半。

其れは、二十五分前に遡る__________。


・


｢御早う御座います!すいません、ちと寝坊しました｣


Aが探偵社に現れたのは、十時五分。
出勤時間は基本的に十時の為、五分許り遅刻だ。

Aは起きた時刻も遅かった事が原因で、走って来た。



｢遅刻だぞA!と叱りたい処だが、昨日の今日だ。今日位は大目に見る｣

｢国木田さァん!有難う御座います!!と、其れから今日は機嫌が善いですね｣



扉を開けて直ぐに思った疑問を口にする。

国木田さん以外は、面白いと云わん許りの雰囲気で、谷崎先輩は一寸苦笑い気味。
半年で変わったのか、とも思った卦度、敦君迄もが苦笑いをしているから多分違う(鏡花ちゃんは表情に出てないし)。


｢嗚呼、其れはだな…｣
｢Aッ!漸と来たのかい、ッ痛い!!｣

｢飛び付こうとするのが悪い｣


右斜め後ろから気配と声がしたので、勢いを付け肘を立てると、手の甲が太宰の顔面に直撃した様だ。

左程身長の高く無いAの裏拳が、高身長の太宰の顔面に当たると云うのは、太宰が飛び付こうとしない限り起こり得ない。

と推理したが故の、冷たい科白。
序でに付け足すと、目も冷たかった。


溜息を吐いて周りを見ると、谷崎先輩、敦君は苦笑いを深め、与謝野さん、乱歩さんは愉しそうに腹を抱えて笑い、ナオミちゃん、賢治君はクスクスと愉しそうに笑って居る(鏡花ちゃんは変わらず)。其の光景で理解した。


｢国木田さん。"此れ"ですね？｣

｢嗚呼。"此れ"だ｣


二人の視線の先には、鼻を擦る太宰。私？と間抜けな顔をする顔を観て思い出した。
確証を得る為に時計を見ると、時刻は十時二十一分。
嗚呼矢っ張り。


｢アンタ、何時から居たの｣


と、間抜け顔に問えば、


｢ええっと、九時四十分位かな｣


と疑問げに答える。

皆の笑いの原因。国木田さんの御機嫌の原因。
其れが此れ。大方、仕事も確りしたのだろう。


｢アンタは忠犬ハチ公か!!｣

｢私は犬は嫌いだ｣

｢知るか!!｣


A達の遣り取りに笑う一同と、険しげな一人。後者の顔は目の前に。


｢如何しました？｣

｢いや…。早速で済まんが、御使いを頼めるか？此奴と｣

｢丁重に御断わりさせて頂きます｣


然様な遣り取りの末に、持ち出した唐突過ぎる頼み。笑顔で断る以外、何としよう。

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