拾伍 空虚 ページ16
肺がん。禁煙などが原因と考えられているが、確かなことは分かっていない。
初期症状は咳や痰など、風邪と勘違いされやすい。治療法がないわけではないが、副作用を伴う。例え治療したとしても、完治は不可能に近い。
「長くても……1年だそうです」
情けないですね、と眉を下げるAは、己の死を自覚しているのかいないのか、余命宣告をされた人間とは思えないほど、穏やかな笑みだ。
「どうして笑っていられるんだ?」
「誰しもがいつか死ぬからですよ。それが遅いか早いかの違い。だからこそ、命は尊いのです」
貴方もおっしゃってたじゃないですか、とイタズラっぽく笑うAに、杏寿郎は驚きを隠せない。
己が置いて逝ってしまうだろうと思っていた愛しい人が、結婚はおろか、夢すらも奪われて死ぬことになるなど、誰が想像できようか。
「杏寿郎。わたしを貴方の任務に、連れて行ってはくれませんか?もう長くない身です」
長くない身だからこそ、安静にしていなければならないと、杏寿郎はAの説得を試みた。
彼の任務は、決して楽なものではない。鬼と戦うのだ。人の悲痛な嘆きも、絶望も、決して美しいとは言えないそれらを目にしなければならない。
そんな任務に、彼女を連れては行けない。
それだけではない。杏寿郎について行くことは、治療を受けずにいるのと同じ。完治はせずとも、ほんの1ヶ月でも長く生きられるかもしれない。それを放棄するということ。
「長々と空虚の中を生きるより、貴方の隣で、残りの人生を彩りたいんです」
死ぬのではなく、生きるために、彼女は残りの人生を使いたいのだと。
彼女の迷いのない双眸に、杏寿郎は思わず見惚れて自覚する。彼女のこの目に惚れたのだと。
誰よりも恐ろしいだろうに、それでもそんな様子など見せず、前を向いて胸を張ろうとする彼女は、どんな女性よりも魅力的だった。
「……分かった」
最後に折れたのは、杏寿郎だった。
本人がそう望むなら、杏寿郎に止める権利はない。それで命を落としたとしても、彼女はきっと、満足げに笑うのだろうと、容易に想像できたから。
任務の場所まで距離があるため、Aは杏寿郎に背負われることになった。
街から出たことのないAは、見慣れぬ大都会に目を輝かせ、子供のようにはしゃいでいる。生きることを謳歌するように。
だが、彼らは知らない。
これから先に待つ、新たな絶望を。
未来など知りもしない彼らは、任務のため、汽車に乗り込んだ。
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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時